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二話
しおりを挟む──かくりよの里、とは。
文明開化が進んだ現在でも珍しく未だに異国の文化を受け入れず、昔から続く里の風習を頑なに崩そうとしない良く言えば古風。悪く言えば時代遅れ、とも揶揄される里だ。
それはかくりよの里が帝都・東京から遠く離れた東北のとある地にある、と言う事も少なからず影響しているのかもしれない。
里の掟は絶対。
里長の決定は絶対。
里の風習を理解せず逆らう者は誰一人として居ない。
外界との交流を断絶し、外の情報を簡単には得られないと言う状況を作り出した里のやり方は概ね成功している、と言えるのだろう。
その証拠に、「霊力が無い」と言うだけで人一人を「人間」として扱わず、里の住民でその人間を簡単に陥れ、侮辱する。
この里で生まれ育った者はそれが「普通」と、「当たり前」となってしまうのだ。
だからこそ緋色は苦しく、辛い毎日を過ごしていてもこの里から逃げ出そうだとか、怒りを覚えたり、反発したり、と言った行動は起こさない。
「──ぁ、備蓄米がなくなってしまったのね……」
米櫃を開けて中身を確認した緋色は、落胆の声を漏らす。
山菜や茸は今日採って来た分があるから何とかなるが、米がなくなってしまったと言う事は今後の生活にも影響を及ぼす。
「……交換出来るもの、は……駄目ね、何も無いわ……明日捕りに行かなきゃ……」
朝早く山に入り、子うさぎでも数匹捕まえれば僅かな米と交換して貰えるだろう、と緋色は考え今夜は米を諦めて山菜と茸だけを調理して汁物にする事に決めた。
僅かでも腹に入れば何でも良いのだ。
緋色が姿を現すと、あからさまに嫌な顔をされてしまうため、緋色は数年前から交換してくれる店の脇にちょこんとそれを置く事を続けている。
緋色が物を置き、数時間後に再び戻ると依頼していた物が代わりに置かれている。
例え緋色が「名無し」でも交換するに値する物を持って来たのであれば対応しなくてはならない。
いくら名無しだとは言え、略奪や拷問めいた事をして名無しを死なせてしまえばそれはそれで罪となる。
自らの手を汚してしまえば、その身は穢れ、霊力を失う、と言われているからだ。
「名無し」と呼び、人を人として扱わないこの里の掟は何処か矛盾しているのだが、その矛盾には里の者は誰も気付かない。
幼い頃から「そう」教えられて来た里の住人達は疑問すら抱かないのだ。
緋色は手早く夕食を作り終え、翌日の事を考えて食事とも言えぬ食事を数口で終わらせさっさと布団に入った。
◇◆◇
そうして、迎えた翌日。
緋色は昨晩考えたように朝早くから山に入り、子うさぎを数匹捕まえた。
不思議な事だが、昔から緋色が山に入ると都合良く弱った動物と出会す事が多い。
そのため、体力もなく押せば折れてしまいそうな緋色の細腕でも簡単に動物を捕らえる事が出来るのだ。
緋色は捕まえた子うさぎ数匹を前に両手を合わせ、目を瞑る。
(山の恵に感謝致します……)
ぱちり、と目を開けて山を下り始めた緋色は数時間掛けてゆっくりと下り、もうすぐ麓だ、と言う所で緋色の耳に誰か人の話し声が聞こえて来た。
(……っいけない、隠れなくちゃ……)
急いで声の方向とは反対方向に向かい、大きな大木の根元にしゃがみこむ。
風の向きにより、話し声ははっきりと緋色の耳に届いてきて。
「──……、そう言えば、今度の里祭りには珍しい家がやってくるみたいだ」
「本当に? じゃあきっと年頃の娘を持つ家は大変な事になるわね──……」
「里祭り」と言う言葉が聞こえて来て、緋色は前回の里祭りから数年経っている事に気付く。
里祭り、とはこのかくりよの里で五年おきに開催される大きなお祭りの事だ。
この里祭りが行われる期間だけは、このかくりよの里に里以外の人間が立ち入る事が許可される。
何故、里祭り以外ではこの里の人間以外が立ち入り出来ないのか。
何故、里祭りの時だけは里以外の人間が立ち入る事が出来るのか。
その理由を緋色は知らない。
前回の里祭りの時には既に面倒を見てくれていた祖母は亡くなっていて、誰も里祭りについて緋色に教えてはくれなかった。
だから緋色は前回の里祭りの時は家から一歩も外には出なかった。
その時、数年ぶりに実家の人間と顔を合わせたのだが緋色に向かって里祭りの期間は絶対に家から出るな、と言い含められていたのもあるからだろう。
「じゃあ、今回も家から出ないようにしなくちゃ……」
話し声が聞こえなくなってから暫く経った後。
人の気配が周囲に無くなった事を確認した緋色はぽつり、と呟き急いで立ち上がり交換してくれる店に向かう為、再び歩き出したのだった。
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