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連載
第百十四話
しおりを挟むどさり、と音を立ててその場にぞんざいに落下したティアラは突然の出来事に目を白黒とさせて辺りを見回した。
「な、何なんですか……。──っ!」
そこで、ティアラの視線がネウスとノルトに移った際にぴたり、と止まり怯むような態度を見せる。
ティアラの後方にベスタも転移させられているが、先程ロザンナが言っていた通り魔獣の訓練相手にされているせいか、疲弊しきっていて浅い呼吸に体のあちらこちらから血が滲んでいる。
「ミリアベル、こいつらが暴れないように拘束しといてくれ」
「は、はい。分かりました……っ」
ネウスからそう言われ、ミリアベルは急いで聖魔法を発動すると、細い鎖のような真っ白い光でティアラとベスタを拘束する。
ネウスが口にしたミリアベル、と言う名前を聞いて僅かにベスタが反応したかのように見えたがベスタの顔は俯き、表情を確認する事は出来ない。
「──さて、ここに連れてきたのはお前が行っていた洗脳の魔法を確認する為だ」
「……え?なん、ですか……それ」
ネウスの言葉に、ティアラはじりじりと床に腰を下ろしたまま後ずさる。
きょろ、と周囲を見回すとティアラは疲弊しきったベスタの姿を確認し、驚きに目を見開くと「ベスタ様!」と小さく悲鳴を上げてベスタへと近寄る。
拘束をされている為、駆け寄る事が出来ず床を這うように移動するティアラに気付いたベスタが僅かに首を上げるとティアラの姿を見て、ベスタは表情を歪ませる。
「何故、こんな酷い事をするのですか……!それに、スティシアーノ卿!王立魔道士団を束ねる貴方が何故魔の者などと共に居るのです!?魔の者は討ち果たすべき敵です!この国を守る為に殺さなくてはいけない存在なのです!」
「──そうやって、教会の人間から教えられたのか、ティアラ・フローラモ」
「そうです……っ!魔の者は人間に害を与える存在なのです、なのに魔道士団の団長である貴方が何故魔の者を排除しないのですか……っ」
ティアラは強い視線でノルトを見据えると、自分の言葉、教会からの言葉が正しいのだと声を張り上げる。
「ベスタ様……っ、ベスタ様っ。私が今治癒致しますから、少し待っていて下さい……っ」
ティアラはほろほろと涙を零しながらベスタに向かって治癒魔法を発動しようと試みるが、ネウスに魔力を発動する核を破壊されている為二度と魔法を使用する事は出来ない。
治癒魔法を発動しようとしても発動出来ない事に、ティアラは焦り更に涙を零している。
「私が着いていながら、このような事になってしまうなんて……申し訳ございませんっ、今治しますから、治しますからっ」
ボロボロと涙を零し続けるティアラを見て、ミリアベルは表情を歪める。
聖魔法の適正が自分も以前から判明していたら。
もしかしたらティアラと自分の立ち位置は逆だったのかもしれない、と考えてしまう。
適正がある、と判断された時期が反対だったなら自分もティアラのように教会と国の傀儡となり、今のティアラのようにぼろぼろになっていたかもしれない。
無意識の内に言われるがまま、信者を増やし邪法を行う大司教の手助けをしてしまっていたかもしれないのだ。
「貴女にとって、ベスタ様は特別な方なのですね」
学院で皆に囲まれていた時のティアラと、ベスタを前にしているティアラの姿に違和感を覚える。
皆に平等に接しようとしていたのだろうが、ベスタを見つめる瞳には確かに以前ミリアベルがベスタに抱いていたような熱があるように感じる。
「──だから、ベスタ様の手助けをしたくてネウス様を襲ってしまったのですね……」
あそこで、ネウスに対して攻撃する必要等無かったのに、それでもベスタの手助けをしてしまったのは平等に皆を愛する奇跡の乙女としては有り得ない行動だ。
あの行動さえ無ければただの軍規違反でここまで大事にならずに、奇跡の乙女の信者とした者達の異常性にも早く気付く事はなかった。
「知らぬ内に特別な存在を作ってしまっていたのですね……」
ミリアベルの言葉に、ティアラは困惑したような表情を浮かべるとふるふると首を横に振る。
「私は……皆を愛しております……ベスタ様だけを特別視するなんて、そんな……事は神に反する行為で……」
「お前が信仰していた神なんて初めからいなかったんだよ。ただの瞞しだ」
ティアラの戸惑いの声を容赦なくネウスが遮ると、ネウスはロザンナへと視線を向ける。
「──ロザンナ、この女の魔力の残滓は辿れたか?」
「はい、問題ありません」
「ならば、その魔力があっちの男に悪影響を与えていなかったか確認しろ。……もしあの男からこの女の魔力が確認出来れば信者化……洗脳は成されていた、と言う事だ」
ネウスの言葉にロザンナは頷くと、拘束されて動く事が出来ない二人にゆっくりと近付いて行く。
ティアラは、先程のミリアベルの言葉に否定するような言葉を呟くばかりで焦点が定まっていない状態だ。
ベスタも、動く事が出来ずこの場に転移させられて来た時と同じ状態でただ浅く呼吸を繰り返しているだけだった。
ロザンナは徐にベスタの顔を自分の手のひらで掴むと、魔法を発動する。
真っ黒いモヤのような物がベスタの周囲を取り囲み、暫ししてそのモヤが収まる。
ロザンナは深く溜息を吐き出すとベスタから手を離してくるりとネウスへと振り返ると唇を開いた。
「この男と、女の魔力がしっかりと深い所で混ざっています。徐々に魔力を流され、人格を狂わせて行った事は間違いないでしょう」
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