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連載
第九十九話
しおりを挟むこの世界にはきっと神なんて存在はなく、人間が自分勝手に崇拝したい、縋りたい存在を作り出しているのだろう。
イルムドは、そうして縋りたかった存在が自分の中で消失してしまったのを感じた。
それから、イルムドは考えを巡らせた。
どの教会も似たようなもので、駄目かもしれないが今イルムドが属している教会は司教ですらイルムドに手を出してくる、とても聖職者とは思えない薄汚れた人間だ。
だから、イルムドはこの教会以外の場所にどうにか自分の身を移したいと考えた。
この教会の人間はイルムドと深くかかわりすぎていて、殆どの人間に顔を知られている。
だから、この教会を無くして他に移らねば。
自分を知らない場所に、もう少し王都に近い場所ならばここより少しは落ち着いて過ごせるだろうか。
そう考えたイルムドは、夜中に寝床を抜け出し用意していた油を撒いて火をつけた。
めらめらと燃え盛る炎が教会を飲み込み一夜にして灰となった。
そしてイルムドは、顔に火傷を負ったという事にして顔の大半を包帯で隠し、当時使っていた名を捨て記憶を無くした振りをして王都に近い教会に保護してもらった。
保護してもらってから数年、イルムドは真面目に、献身的に教会に奉仕した。
熱心に祈りを捧げ、同じ教会で暮らす聖職者達とも交流を行い、真面目に過ごした。
そうして数年後、イルムドは祈りのおかげで顔の傷が治った、と報告して神へ感謝をした。
元々火傷の傷など無かったが、祈りが届いたと言えばその教会の人々は大いに喜び、イルムドは神に愛された人間だ、と言われるようになった。
真面目に過ごしていたからか、イルムドの人柄も周囲には良く映っており誰もイルムドが仄暗い過去を抱えているとは気付かなかった。
そして、イルムドが王都近くの教会に身を寄せてから五年ほど経った頃。
当時、この国の王太子の婚約者が教会へとやって来た。
どうやら高位貴族のご令嬢らしく、イルムドが過去相手をして来た貴族等足元にも及ばないほど美しく、清廉な女性だった。
その当時ある程度の地位にまで上り詰めていたイルムドはその婚約者のご令嬢と話す機会が多く、令嬢と話す度、その令嬢を知っていく度に惹かれていくのが分かった。
その女性と会い、話をする時間だけがイルムドに安らぎを与えてくれた。
自分が今生きている、という喜びを感じさせてくれた。
それからはイルムドはその女性に会える日だけを楽しみにして過ごしてきた。
その女性がイルムドの髪を綺麗だ、と美しい、と褒めてくれてイルムドは初めて自分の髪の毛も容姿も受けいれる事が出来た。
こうして、こうやってこの女性と過ごす時間が続けばいいのに、とイルムドは願うようになってしまった。
だが、その願いも虚しくその女性は当時王太子だった男にそのまま嫁いでしまった。
しかも、嫁いだ時には既に王太子には正妃が居た。
あの美しい女性が正妃ではなく、第二妃。
婚約者であったのに、女性は王太子をあれだけ愛していたのに正妃ではなく第二妃。
国同士の関わりや、政治的な判断で正妃には当時同盟国の王族を迎え入れていたが、そんな事はどうでもいい。
本当にあの女性を愛していたのであれば、どうやってでもあの女性を正妃として迎え入れていただろう。
王太子も所詮彼女を政治の道具でしか見ていなかったのだ。彼女本人を愛していないからそのような仕打ちが出来る。彼女の本当の笑顔も、気持ちも、憂い顔も全て知っているのは自分だけ。彼女が不安を零してくれるのも自分だけ彼女が頼るのも自分だけ彼女が心から愛しているのも自分だけなのだだから助けなければいけない今よりもっともっと教会内で権力を得て力を付けてそして彼女を救い出すそうすれば彼女は自分だけのものになる今までのように自分にだけに本当の笑顔を見せてくれて自分だけに不安を零してくれるだから彼女を助けねば──
そう思ってイルムドが必死に教会内で地位を確立した頃、呆気なくその愛した彼女が死んだ。
「──ノルト……!」
ミリアベル達が集まっていた部屋に、急いでこちらに来たのだろう。
駆け込むようにしてこの国の第三王子であるランドロフが姿を表した。
「殿下、お呼びつけしてしまい申し訳ございません」
「いや、大丈夫だ。……それより、急ぎ知らせたい事があると聞いたが」
ノルトは急いでこちらに来てくれたランドロフを室内へと迎え入れるとしっかりと扉を閉じた。
「本日、ミリアベル嬢と私が陛下に召喚されたのですが、そこでミリアベル嬢が陛下と謁見した際に、その──」
ノルトが口篭り、その後を継ぐようにミリアベルがランドロフへ言葉を続ける。
「殿下……これから私がお話させて頂く内容は殿下のお心を深く傷付ける内容になってしまいます……ですが、どうしてもお伝えしなければならない内容でしたので、ノルト様に殿下をお呼び頂きました」
「フィオネスタ嬢、私の気持ちを慮って貰い申し訳ない……ありがとう。これから聞く内容は相当に重い内容なのだな……」
ランドロフが眉を下げて悲しそうな表情をすると、ミリアベルに続きを話すように促す。
ミリアベルは、ノルトをちらりと伺い見てノルトが頷いたのを確認すると、ゆっくりと唇を開いた。
「──信じられないかと思われますが……国王陛下は既にこの世の者ではございません。何者かが、亡くなられた陛下をこの世に留めさせ、今も尚命を冒涜しております」
「──なっ、」
「人の命を悪戯に貶める行為を行っているのは恐らく教会の大司教です。大司教を止める為にも、ランドロフ殿下にご助力頂きたいのです」
ミリアベルから語られる信じられない言葉達に、ランドロフは驚きに大きく目を見開くと、思考が停止してしまう。
国王陛下が既にこの世の者ではない。
そのような事を行っているのは人の命を誰よりも尊ぶべきである教会で、それもその教会の大司教が行っている、と言う事を聞きランドロフは自分の頭に手を当てるとノルトやネウスに視線を向ける。
ノルトとネウスも至って真面目な表情をしており、とてもこの話が嘘のようなものではないと言う事が分かる。
(いや……、分かっている……フィオネスタ嬢が嘘をついていないと言う事は分かっている、が……っ)
とても俄には信じられないような展開に、ランドロフはどうしたらいいか、と途方に暮れてしまった。
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