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第九十六話
しおりを挟むミリアベルが国王へと視線をそっと向けると国王もミリアベルが向けた視線に気付いたのだろうか。
ノルトに向けていた視線をミリアベルへと向けてゆったりと唇を開く。
「フィオネスタ伯爵令嬢もご苦労だった。ノルト・スティシアーノから報告は受けているが素晴らしい治癒魔法で討伐任務中、団員達を助けてくれたようだな。後日褒美を取らせよう」
「──とんでもございません、身に余るお言葉でございます」
ミリアベルは、国王へ深々と頭を下げると背後に居る教会の人間を注視する。
今はまだ動く気配はないようだが、どこでどう話に介入してくるかが分からない。
この場に同席していると言う事は何か自分達に話があるのだろう事は想像出来る。
国王との会話が一段落ついた頃合を見て、ミリアベル達の後ろに居た教会の関係者がゆったりと国王の座る玉座の方へと歩み始めた。
国王の隣に居る宰相がぴくり、と眉を動かして一瞬だけその男の方へと視線を向けるが近衛兵達に動きは無い。
予め話に介入する事は通達していたのだろう。
それで無ければ、近衛兵達が前触れも無く国王に近付く人間に無反応な訳が無い。
「──国王陛下。フィオネスタ嬢に"あの件"をお話してみては?」
「──、」
教会の人間、大司教の言葉に国王はぴくりと僅かに身動ぎすると「そうだな」とぽつりと言葉を零してミリアベルへと視線を向け、唇を開く。
「さて、フィオネスタ伯爵令嬢。先の討伐任務の最中、我が国の奇跡の乙女が軍規違反を犯し、現在国の為に祈る事が出来ていない状況だ」
「──、はい」
「その為、フィオネスタ伯爵令嬢には今後神殿にて毎朝毎晩、国の為に祈りを行って欲しい」
「これは、学院を卒業後、奇跡の乙女が行う予定だったのですがこうなってしまえば続行するのは不可能です。ですが、新たに聖魔法に目覚めたフィオネスタ嬢が心から祈りを行えば女神様もきっと喜ばれるでしょう」
国王の言葉に、大司教も続けて微笑みながら言葉を続ける。
成り行きを見ているのか、ネウスが乱入してくる気配は無く、ミリアベルは「仕方ないか」と諦めその言葉に了承の返事を返す。
だが、了承の言葉を返した後すかさず続けて唇を動かした。
「神殿での祈りの件、精一杯努めさせて頂きます。──ですが、恥ずかしながら私はまだ聖魔法の制御はまだ安定しておりません。許されるのでございますれば、ノルト・スティシアーノ卿に指導をして頂き、魔力が安定した後に神殿にて祈りを捧げさせて頂きたく」
どうか宜しくお願い致します、と深々と頭を下げるミリアベルに、国王は満足気に頷く。
「魔力の安定がまだ不完全だ」とミリアベルから伝えられてしまえば無理矢理連れて行く事も出来ず、大司教は若干焦りの気配を滲ませたがそれを直ぐに消し去るとにこり、と微笑んでノルトへと視線を向ける。
「──分かりました。聖魔法に目覚めてまだ日の浅い状態では、魔力の制御も不安定なのは仕方が無い事です。しっかりと魔力制御を学んで下さい」
「ノルト・スティシアーノよ。宜しく頼むぞ」
ゆったりと笑みを浮かべた国王にそう声を掛けられ、ノルトは姿勢を正すと「畏まりました」と返事を返す。
現状、この国で魔力制御に長けている内の一人であるノルトにミリアベル自ら指導をお願いしたい、と口にすれば国としても断る理由がない。
しかも、ノルトは先日のネウスの攻撃を防ぎ、国王の信頼厚い人間の一人となっている。
そしてミリアベルはノルトが団長を務める王立魔道士団の団員でもある事からこの人選が一番最適だ。
ミリアベルは敢えてノルトを巻き込むと、神殿への訪問を先延ばしにして証拠を掴む期間を得る。
ミリアベルとノルトの様子を見ながら、大司教はその指導の期間を考えるような素振りで虚空へ視線を向けると、国王へと唇を開いた。
「──それでは、陛下。フィオネスタ嬢の移動は一週間後という事に致しましょう。ある程度の魔力制御には一週間後もあれば充分でしょう」
「うむ、そうだな。そうしよう」
大司教の言葉に国王が頷くと、話は終わりだと言うばかりに会話を切り上げて行く。
「では、二人が滞在する客室と指導のための部屋に案内させよう。まず本日は疲れを癒し、明日から取り掛かってくれれば良いぞ」
「──有難うございます」
国王はノルトの言葉を聞き終わると一つ頷いてから玉座から腰を上げる。
今度こそ全て話は終わった、とばかりに玉座から立ち上がると国王は謁見の間からゆっくりと退出して行った。
その姿を視線で追いながら、大司教がくるりと体の向きを変えてミリアベルへと視線を移す。
「──それでは、本日はゆっくりと休んで下さい。また、一週間後に改めてお迎えに参りますので」
恭しく頭を垂れる大司教に、ミリアベルも慌てて頭を下げて了承の返事をする。
ミリアベルとノルトは国王陛下と大司教が謁見の間を退出するまで、深々と頭を下げっぱなしにしながら、大司教の事や、今現在の国王陛下の事をノルトに伝えなければ、と瞳を細めた。
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