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第八十話

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ノルトは急いで自分が寝ていた部屋へと戻ると夜が明けたら魔道士団の宿舎に戻れるように支度をする。
まだ傷の痛みはあるが、この場所に居ても時間が経過しないと良くはならないだろう。

「それならば……フィオネスタ嬢に治癒魔法をかけてもらう方が早い」

ノルトは簡単に宿舎に戻る準備を終えると、ベッドに横になり、数時間だけ仮眠を取った。








朝、日が登り数時間。
ノルトが休む部屋に、ノックの音が響く。

ノルトはその音に反応して薄らと瞼を上げると、ベッドの上に上半身を起こして「どうぞ」と声を上げる。
ノルトの声に反応して、部屋の扉が開くと昨日自分に治癒魔法を施してくれた治癒士が顔を覗かせ、ノルトに体調はどうか聞いてくれる。

「スティシアーノ卿、お加減は如何ですか?」
「──ああ、大分良くなったよ」

傷の痛みと、発熱はまだあるがここで辛い、と言えば戻る事が出来なくなる。
ノルトは平気そうににこり、と微笑むと治癒士に向かって唇を開いた。
ほっと安堵の表情を浮かべる治癒士の背後から、教会の大司教が続いて入室して来て、ノルトは大司教へと視線を向ける。

「スティシアーノ卿、昨日は魔の者の王から、我等が国王陛下をお守り下さりありがとうございます」

慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、自分に向かってそう唇を開く大司教に、ノルトは薄ら寒さを感じるがその感情をおくびにも出さず、微笑み返すととんでもない、と声を上げる。

「当然の事をしたまでです。陛下にお怪我はございませんでしたか?」
「ええ、スティシアーノ卿が陛下をお守り下さったのでかすり傷一つございませんよ。陛下も感謝しておいででした」

大司教の言葉に、ノルトはほっと安心したような表情を浮かべると「それは良かった」と微笑む。

大司教とノルトが話している間にも、治癒士はノルトの正面にやって来てノルトに治癒魔法を掛けていく。
治癒士にありがとう、と一声掛けるとノルトは独り言を言うように呟いた。

「──魔道士団の団員達の様子が気になるものですから、私はこの後宿舎に戻らせて頂こうかと思っております」
「──……、まだお体の傷が治っておられない内から動かれてしまうと治りが遅くなってしまいますよ?」

大司教の言葉にノルトは困ったように眉を下げて笑うと言葉を続ける。

「お申し出は有難いですが……現状、副団長一人に任せている状態ですので……」
「──では、あと数日……」
「仕事熱心なのはいい事だが、程々にしないとその内倒れてしまうぞ、ノルト?」

大司教の言葉を遮って、室外から声が聞こえて来る。
その声の主は、ノルトに一瞬だけ視線を向けるとコツコツと足音を立てて室内へと歩いて来る。

ノルトの治療にあたっていた治癒士が姿勢を正し、入室して来た少年に頭を下げる。
大司教は眉を顰めたが、その変化も一瞬の内でにこやかな笑顔を再度自分の顔に貼り付けると恭しく頭を下げた。

「──これはこれは、ランドロフ殿下……」
「ああ、畏まらなくていい。楽にしてくれ」

第三王子であるランドロフの登場に、治癒士は緊張して硬い表情になり、大司教は取り繕ってはいるが、ランドロフにいい感情を持っていないのだろう。
ランドロフの登場に先程あからさまに表情を歪めていた。

「ノルトが宿舎に戻る、と言うのであれば私が馬車で送って行こう」
「──殿下、お忙しいのではないですか?」

ランドロフの言葉に、申し訳無さそうにノルトがそう言うと、ランドロフは明るい表情で首を振る。

「気にしなくて大丈夫だ。私の仕事はほぼ終わっているし、国王……私の父上の命を救ってくれた従兄弟殿を送るくらい、国王陛下も許してくれるさ」

朗らかに笑ってそう言うランドロフに、誰も異を唱える事など出来ない。
ノルトは有難くその申し出を受けると、準備が済み次第早速馬車を出すというランドロフにお礼を述べた。











「──引き止めたそうにしていたな?」

ガタガタと進む馬車の中、ランドロフは向かいに座るノルトに視線を向けると不思議そうにそう呟く。
ランドロフからの言葉に、ノルトは視線を合わせると一つ頷いてから唇を開く。

「ああ……俺の体に混ざったネウス……魔の王の魔力を抽出したいのか……それとも俺本人の魔力を抽出したかったのか……どちらかは分からないが大司教が魔力を得たかったのは確かだと思う」

ノルトは、先程忍び込んだ国王の執務室で見た古代語で書かれた紙を思い出し、ぽつりと呟く。
この場でランドロフに伝えるかどうか悩んだが、ミリアベル達が居る宿舎に戻ってから話した方がいいだろう、と考える。

(カーティスは場の雰囲気を和ませるのが上手いから、重い話をする場に同席してもらうと助かるんだよな……)

従兄弟であり、自分の弟のような存在が悲しむ姿は見たくない。
ノルトは、そっと自分の視線を馬車の床板へ移すと馬車の移動中、世間話で場を繋ぐことにした。
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