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しおりを挟む「フィミリア様、夜は寒いですし……その、貴族様が心配するので中に戻りましょう?」
「そう、ですね。お父様が心配してしまうかもしれません……もしかして、姿が見えたからと伝えに来てくれたのですか?」
サミエルの休む部屋に二人の会話が聞こえて来る。
ちょうど声が聞こえるような風向きなのだろう。
だが、今のサミエルは穏やかに話す二人の様子をこれ以上見ていられなくて。
少し前まではフィミリアの笑顔は自分に向けられていたのに、今では怯えるような目をして、何処か責めるような感情が乗せられていて。
柔らかく微笑み、話しかけてくれていたのに今は固い声で、眉を顰め言葉少なに返事を返される。
「どうしたら……、どうしたらもう一度フィミリアと……」
あんなにみすぼらしく、得体の知れない男に笑いかけないでもう一度自分に笑いかけて欲しい。
そんな自分勝手な感情に支配されたサミエルは、思考を巡らせ、一つの考えに辿り着く。
「……そうだ、あの誘拐犯……!」
あの夜会の日に、フィミリアやその他の令嬢達を攫い、隣国に売り飛ばそうとしていた犯罪集団。
あの集団の頭は未だに見つけられておらず、調査中である。
それに、あの日聖女が夜会に参加すると言う事を外部に漏らした者もいる。
その人物も未だに見つかっていないのだ。
「確か……、あの日に捕らえた者達はまだ牢にいる……あの者達を再び尋問して頭を捕え、聖女様の情報を漏らした人物も特定し、陛下にご報告すれば……っ」
そうしたら、褒賞を得られるかもしれない、とサミエルは希望を抱く。
「陛下から褒賞を頂けたら、もう一度フィミリアと……」
この国の国王から言われてしまえば、ハーツウィル子爵も抗えないだろう。
サミエルは一抹の希望を得て胸が喜びに弾むのを感じる。
「気が進まなかったが、これなら……!」
再びフィミリアを自分の下に迎え入れるのだ、と決めたサミエルは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべて戻って行くフィミリアとあの男の後ろ姿を見詰めた。
そうして、迎えた翌日。
聖女を含む、サミエル達第二師団の面々は王都へ帰還するため邸の玄関に整列していた。
見送りのため、フレディを先頭にラティシア、そして後方にフィミリアが並んでいる。
「……それでは、我々は王都に戻りますが……再び魔獣が出現した場合はすぐに報せを」
「承知した」
「サーシャ・アッカートニー、他二名の騎士を連絡の人員として置いて行きますので何かあれば彼らにお願い致します」
「何から何まで申し訳無い、道中気を付けてくれ……。王都までの道のり、恙無く進むよう祈っている。……聖女様、何のお構いも出来ず申し訳ございません。無事を祈っております」
サミエルとフレディが言葉を交わし、最後に自分の胸に手を当てたフレディが軽く腰を折る。
フレディに倣い、ラティシアとフィミリアも頭を下げる中、聖女はにこやかに笑顔を浮かべ「何かあればまた!」と声を掛けてからサミエルの隣に駆け寄った。
サミエルの馬に同乗する聖女をフィミリアは遠目でぼうっと眺めながら自分の胸に手を当てる。
「……以前はとても痛んだのだけど……、もう何も感じない」
二人の姿を見る度にずきずきと心臓の辺りが悲鳴を上げていた。
だが、今では二人が寄り添い、共にいても胸は痛まないどころか、驚く程感情は波立たず凪いでいる。
(ようやく、私も前に進めそう……)
この穏やかな土地で少しだけ休み、癒されたら以前のようにまた王都に戻れる。
怖かった男性も、身知った人相手なら言葉を交わせるようになって来た。
きっと、以前のようには二度と戻る事は出来ないだろうけれど、少しづつ少しづつ以前の暮らしに戻れれば、とフィミリアは前向きに考える事が出来た。
サミエル達が王都に出立して、数日。
フィミリアが穏やかな日々を過ごし始めて数日。
アレンドールの国内では、禁止されている奴隷売買。
その奴隷売買の組織の一つでは大きな騒ぎが起こっていた。
◇◆◇
誰かの野太い怒声が響き渡り、組織の人間はバタバタと周囲を駆けずり回っていた。
金になる特殊な奴隷達が姿を消してしまっていたのだ。
痛め付ける過程で数人死なせてしまう者もいたが、そんな者はすぐに処理されて来た。
そのため、今現在組織にいる人間達が死なせる筈がない。
怒声が響く。
誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。
混乱し、混沌と化した空間に野太い声の主が「終わりだ」と絶望に濡れた声で叫んだ。
あれを外したら手が付けられなくなる。
国が滅ぶぞと泣き声のようなものが聞こえた。
どうにか国外に逃げるぞ、と言う声が聞こえた後、その場所から逃げ出すような音が暫く続き、そして最後には静かになった。
◇◆◇
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