気付くのが遅すぎた

70

フレディは邸内へと戻ると、フィミリア達と鉢合わせしないようにサミエルを含む騎士達を大広間へと案内する。

「ハーツウィル子爵……！あの男は……！ハーツウィル子爵の令嬢の隣に居た男は一体……っ」

サミエルが悔しそうに表情を歪め、フレディに話し掛けるが大広間にやって来て直ぐ。
フレディの元に使用人が急いでやって来て、何やら手紙のような物を渡している。
フレディはサミエルの言葉に返事を返す事無く片手を上げて制すと、その手紙を急いで開けている。

「あれ、は……封に押されている封蝋……あの紋章は……」

ちらり、と見えた封蝋の紋章。
それはこの国、アレンドール国の王家の紋章だ。
王家の紋章の封蝋が押された手紙と言う事は即ち国王陛下からの書状と言う事になる。

サミエルはその事に気付くとぐっ、と唇を噛み締めてフレディに話し掛ける事を辞める。
国王からの書状を蔑ろにし、自分の感情を優先してしまったら不敬な行いとして罰せられる可能性も出てくる。

（くそっ、何でこのタイミングで……っ、あの男の事を聞かねばならないのに……っ）

ちらり、と視界に写ったフィミリアとその男は何事か会話をしながら邸内へと戻って行ってように見える。
未だに自分はフィミリアと会う事も、話す事も禁じられていると言うのに。
なのに何故あのような自分が良く知りもしない、何処の誰だかも分からない男と話しているのか。

サミエルがふつふつと怒りを感じていると、手紙の確認が終わったのだろう。
書状に視線を落としていたフレディが視線を上げてサミエルに向かって唇を開いた。

「王都では、聖女様のお姿が見えない事で騒ぎになっているそうだ。陛下も聖女様の消息が不明だった為、大層気にかけていらっしゃった。……王都へ、ご帰還なさるよう陛下からのご命令だ、バーデンウィット卿」
「──っな……」
「あら、本当ですか？うーん……サミエルさんとまだ回りたい所は沢山あったのですが……皆さんに心配を掛けてはいけませんね……戻りましょうか、サミエルさん」

にこり、と笑顔を浮かべてくる聖女に。
何の感情も見せず、書状の内容を伝えてくるフレディに、サミエルは瞳を見開くとその場に硬直してしまう。

（帰る……、戻る……？戻るって……、一体どこに……。だって、フィミリアはまだここに居て、王都には戻らない。……フィミリアと話も出来ず、このまま王都になんて戻ってしまったら……）

──もう二度と、フィミリアとやり直せない。

「ハ、ハーツウィル子爵……っ、私はっ、」
「サミエル・バーデンウィット卿。貴方方、第二師団の方々のお陰で、我々は無事ここまでこれました。……魔獣の討伐までして下さり何とお礼をお伝えすれば、と思うばかりです」

フレディは、サミエルの言葉を遮るようにして言葉を紡ぎ始める。
その言葉はまるで「護衛任務が終わり」の言葉のようで。

「まっ、待っ──」
「我々、ハーツウィル家は第二師団の方々、並びに聖女様に多大なる感謝を……この御恩は忘れません……。──陛下からのお言葉です、バーデンウィット卿。聖女様を王都まで護衛するように、と仰せです」

サミエルは、フレディから手渡された国王からの書状を信じられない思いで受け取ると、ゆるゆると瞳を揺らしながら書状に視線を落とす。

そこには、フレディが口にしたように国王からの言葉で聖女の護衛をし、直ちに王都まで戻るように、と言葉が記されていた。

（いや、だ……。このまま……この場所を後にしてしまったら、フィミリアは……）

あの良く分からない、知らない男が自分の代わりにフィミリアの隣に居る事を思うと胸がズキズキと痛んで。
サミエルは無意識に自分の心臓がある辺りを団服の上からぎゅう、と握り締める。

フレディの言葉に、聖女はただただ純粋に喜んでいるようで。
このまま王都へ戻れば、少ししたらまた再び聖女の魔獣討伐が始まる。
そうしてしまえば、フィミリアが居るこの子爵領にだってそうそう来る事は出来なくなる。

「──ああ、王都へ戻るのが楽しみになって来ました……！また暫くサミエルさんと一緒の旅を楽しめますね」

鈴の音が転がるような聖女の美しい声が、今のサミエルにはただの雑音に聞こえた。