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しおりを挟む青年を助けて数日が経った。
青年の回復力は目を見原る程早く、小さな擦り傷程度ならば、もう既に塞がり、自力でベッドに起き上がれるようになって来たらしい。
その事をフレディから聞いたフィミリアはホッとしたように表情を柔らかく緩めると「良かった」と言葉を零す。
あの青年の怪我が治るのは喜ばしい事だ。
サミエルと聖女が別棟へと移り、フィミリアの視界にサミエルの姿が映らなくなった事も、心の安寧に繋がっているのだろう。
ここ数日、フィミリアが柔らかい笑みを浮かべる事が多くなって来た事にフレディと、フィミリアの母親であるラティシアは安心したような表情を浮かべている。
フィミリアの侍女のミアと女性騎士のサーシャも
少しづつフィミリアが笑顔を浮かべる事が多くなって来ており、安堵したような表情を浮かべている。
昨夜、騎士達を招いての晩餐ではどうなる事か、とフレディはハラハラとしていたが、サミエルと聖女の席はフィミリアの席から一番離れており、フィミリアは軽く挨拶とお礼を告げて食事を食べ終わると、早々に席を辞した。
やはり、案の定晩餐の席では途中何度かサミエルがフィミリアに近付こうとしていたが、周囲に止められ、フィミリアに近付く事は一切無かった。
(──これで、陛下から早く聖女様の帰還のご命令が出れば後は完璧なのだが……)
フレディは、執務室で当分の悩みの種になるであろう事柄を考えて、眉間に寄ってしまった皺を指先で揉み込むようにして刺激する。
魔獣の討伐と、浄化への旅を再開する事になれば、聖女とサミエルは恐らく直ぐにこの領地を離れる事になるだろう。
「だが……はぐれも出た事を受けて、陛下は早急に聖女様を王都に呼び戻す筈だ……」
フレディがぽつり、と言葉を零すと室内に居た家令が視線を上げたが、フレディは「なんでもない」と言うように片手を上げて制すと再び政務机の上にある領民からの嘆願書に視線を落とす。
フレディが嘆願書を確認しようとした時。
フレディの執務室の扉が控え目にノックされる音がした。
「──?入ってくれ」
フレディが誰だろうか、と不思議そうにしながら扉に向かって声を掛けると遠慮がちに扉が開き、扉から顔を覗かせたのは青年の部屋に見張り目的で居て貰っている男性騎士で、フレディは騎士に向かって「どうした?」と声を掛けた。
「すみません、ハーツウィル子爵。青年がいつも通り目覚めたのですが……その、少し歩きたい、と言っていて……」
「──なに?」
騎士の言葉にフレディは僅かに瞳を見開いた。
もう、歩ける程にまで回復している事だろうか、と考えフレディは立ち上がると青年が居る部屋へと向かう為、騎士がいる扉の方向へと歩いて行く。
「──もう、ベッドから立ち上がれるのか?」
フレディの言葉に、騎士は「いえ……」と言葉を濁すと唇を開く。
「何だか、言っている事が良く分からなくて……。あの青年が、恐らく子爵を呼んでいるので、申し訳ないのですが一緒に来て頂いても……?」
「良く分からない、事……?分かった。直ぐに行こうか」
申し訳無さそうにペコペコと頭を下げる騎士に、フレディは「気にしないでくれ」と笑いかける。
「丁度休憩がてら青年の様子を見に行こうとしていた所だったから気にしないでくれ。呼んでくれてありがとう」
「いえっ、とんでもないです……!」
フレディは扉から外に出ると、青年が休む部屋へと騎士と共に向かった。
こんこん、と扉をノックしてフレディは「失礼するよ」と声を掛けるとドアノブを掴んで扉を開けた。
青年の休む部屋へと入ると、ベッドに上半身を起き上がらせていた青年の顔がフレディに向き、ぺこりと頭を下げた。
「──来て頂いて、すみません……」
「いや。気にしないで大丈夫だ。……騎士の彼から聞いたのだが……歩きたい、と?」
フレディは訝しげに青年へ言葉を掛ける。
とてもじゃないが、青年の顔色は未だ悪く、歩く練習など出来そうに無い状態だ。
だからこそフレディは青年に向かってそう問い掛けたのだが、青年は至極当然のようにこくり、と頷いた。
「はい、……その、沢山睡眠を取らせて頂いたし、休ませて頂いたので回復しました……」
「回復……?大きな傷はまだ塞がっていない筈だし、医師からもまだ無理して動かないように、と言われているだろう?無理して再度傷が開いてしまうと大変だから、もう少し辛抱してくれないか?」
確かに、一日中ただひたすらにベッドに横になっているだけでは退屈なのだろう。
意識が戻って三日だ。体を動かす事が出来るまで回復したが無理は禁物だ、とフレディが言葉を掛けるが、青年は小さくフルフルと頭を横に振る。
「えっと、……その、回復させて貰ったので、大丈夫なんです……、あとは俺がやるだけなので……だけど、前に居た場所では使う事が出来なかったから、加減が分からなくて……」
「──んん、?君が、やるだけ?一体何をすると言うんだい?」
要領を得ない青年の言葉達に、フレディが首を傾げると青年は申し訳なさそうに体を縮こまらせながら言葉を選びながらフレディに説明した。
「その……、俺の魔力、が……回復したので……後は、自分で治せます……すみません……」
「──っ!?」
青年の言葉に、フレディは唖然とし、体を固まらせてしまった。
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