【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船

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「──っ、それは、子爵家の者の相違か……?」

ヘンリーはちらり、とネウスに視線を向けてからメニアへと言葉を紡ぐ。

魔の者の王であるネウスが子爵家に圧力を掛け、この国に留まりたいと考えるハピュナー子爵と、次期当主であるハロルドを無理矢理頷かせたのではないか、と疑い探るような視線だ。
その事に気付いたメニアはむっとしたが、隣に座っていたネウスは薄らと笑みを浮かべながらメニアを宥めるように、メニアが足の上で組んでいた両手を自分の手のひらで包んで撫でてやる。

そのネウスの行動にメニアは国王ヘンリーに抱いた憤りの感情を何とか落ち着かせると、「勿論です」ときっぱりと口にした。

「あの日……。王都の街中で子供に石をぶつけられてしまった日、邸に戻り、父と義兄に相談致しました。私個人に向けられる悪意や中傷程度でしたら、私自身がこの国を離れればいい事です。ですが、あの方達は子爵家全体を巻き込みました。父がどれだけ苦労をして、この国の貴族の方達と契約を締結したか……どれだけ苦労して商人の方や商会と信頼関係を築いて来たか……。それを、一瞬で全て失ったのです」
「うむ……。それは我々も申し訳ないと思っておる……。だからこそ、国で貴族達に通達し、ハピュナー子爵家と取引を解消した貴族達には今まで通りの取引を継続するよう指示をする」
「国王陛下のご提案はとても有難いお申し出と言う事は存じております。ですが、国が介入してしまうと、浮かんだ疑念や懸念は残り続ける、と父と義兄は考えております。それに、貴族との契約を再び結び直せても、商人や商会はそうとは限りません」

きっぱりとメニアにそう告げられて、ヘンリーはぐぅ、と押し黙るとそれでも尚この国に留まるように説得を続けようと口を開く。

「──だがっ、この国を出てしまっても子爵家として他国ではどのように暮らしていくのか……!? それに、ハピュナー嬢……ネウス殿の奥方も、この国で聖女としていてくれれば、聖寺院での役職も保証する、時間は掛かるかもしれぬが、この国民達にも聖女として慕われ、頼られる毎日が訪れるのだぞ……?」

メニアを国外に出したくないのだろう。
ヘンリーが引き止めるように声を荒らげるがヘンリーが感情を波立たせる代わりに、メニアの感情の波はどんどんと静まり逆に冷静になってくる。

「いえ……。私は聖女としての権利や権限、またその名に掛かる栄誉や栄光に興味はありません」
「──メニア・ハピュナー嬢……っ」
「申し訳ございません」

ヘンリーの引き止めるような声と言葉に、だがメニアはふわりと笑顔を浮かべると謝罪の言葉を返す。

今まで黙ってメニアとヘンリーの会話を聞いていたネウスはここで初めて唇を開いた。

「メニアの気持ちは固まっている。今まで散々悩み、メニアの父親や母親、家族を交えて話し合ってるんだ、これ以上の問答は不要だ」
「──っ、だがネウス殿!例え、ハピュナー子爵家がネウス殿の国に移住したとてこの国で生活してきたかのように暮らし続ける事が出来ぬ可能性の方が高いのでは……っ!」

ヘンリーの言葉に、ネウスは鼻で笑うと隣に居るメニアの腰に腕を回して自分の方に引き寄せた。

「メニアは俺の妻になるんだ。俺の妻の実家が、俺の国で不遇な生活をする訳ねえだろう?既にハピュナー子爵家に相応しい職務を選出している」

ネウスの言葉にヘンリーは瞳を見開くとこれ以上、どうメニアを引き止めればいいのか最適な言葉が出て来ず、唇を開けたり閉めたりと繰り返してしまう。

その様子を口を挟む事が出来ず、扉の側でただ黙って見詰めていたこの国の宰相であるラドも、メニアの説得はもう難しい事を察している。

「──この、国で……っ!築いて来た関係もあるだろう……っ、それを、全て置いてハピュナー子爵家はネウス殿の国に?メニア・ハピュナー嬢も、ソの覚悟があるのか?」
「元より、私には家族以外に大切な人はおりませんでしたから。長年、セリウス様とシャロン様により周囲との交友を絶たれておりました……。今、私の側に居て、私を心配して下さるのは大切な家族と……魔の者であるここに居る皆さんです」

だから、メニアは自身はこの国に一切未練は無いのだ、と何処かスッキリとした表情で告げたのだった。






話し合い、と言うよりもハピュナー子爵家が国を出て行くと言う報告が終わると、メニアは憑き物が落ちたかのような表情でソファから立ち上がるとぺこり、と挨拶をして扉へと向かい、早々に応接間を出て行ってしまった。

ネウスはメニアの後をマティアス達に追わせると、自分も部屋を退出する前に「そうだ」と思い出したかのように声を上げる。

「あの二人の刑期終了を迎える前に、女の方が命を落とす可能性がある。その前に兆候がある筈だ。兆候を感じたら早急に俺に連絡をしてくれ。こっちの国での刑を執行する前に死なれちまったら困る」
「──兆、候……?それは一体どのような……」

ネウスの近くに居たラドがそう声をかけると、ネウスは自分の顎に手を当てて言葉を選ぶような素振りを見せながらゆっくりと説明した。

「あの女は、召喚の術を使った時の代償で寿命が縮まっている。こっちの国に来れば、魔力がたっぷりの鉱山で働かせてやるからその鉱山に居る間、体が朽ちる事はねえ。たっぷりと百年程こき使ってやるから死にそうな程衰弱し始めたらこっちに連絡を寄越せよ」

ネウスは晴れやかな笑顔でそう告げると、懐から通信用の魔道具を取り出してラドへと投げて渡した。

「あの男も、女の移動に合わせてこっちに寄越してもいいぜ?鉱山の中は時間感覚が外より緩やかだ。気付いたら百年経っていて、鉱山から出た瞬間に朽ち果てるお互いの姿を見たらどんな反応をするのか……見物だな」

楽しそうに笑いながら部屋を出て行ったネウスに、室内に残されたヘンリーとラドは何も言葉を紡ぐ事が出来ず、ただただネウスの後ろ姿を黙って見送った。
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