【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船

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ガツン、と自分の頭に衝撃が走り、次いでどろり、と液体が額を伝う感覚がしてメニアはそっと自分の額を手のひらで触れた。

「メニア……っ!」
「──あ」

ネウスがメニアを庇うように抱き寄せて鋭く叫ぶ。
王都の街中で、商会が品物を卸している店から購入した商品が入っている紙袋がメニアの腕の中からドサリ、と地面に落ちてしまう。

少しだけ二人の後ろにいたマティアスは、自分の腰に下げていた剣を抜き放ち、メニアとネウスの元へと駆け付けた。

「メニアさんっ!大丈夫ですか!?」
「メニアっ、メニア!」

メニアが痛みに顔を歪めると、マティアスとネウスが焦ったように声を掛けて来る。

メニアは、落としてしまった雑貨達を顰めた瞳で見詰め、その雑貨に手を伸ばそうとした。

(あの中には、マルクとリリーの玩具が……)

可愛い甥っ子と、姪っ子の為に購入した玩具だ。
商会が新商品だ、と目新しい隣国の玩具を輸入して、店に卸していた。
セリウスと上手くいっていない時も、友人が出来なくて落ち込んでいた時も、マルクとリリーと遊ぶ事で元気になれた。

メニアが転がり出てしまった玩具を拾おうと、手を伸ばした時。

メニアの手の先で、甥っ子と姪っ子に買った玩具が誰かの靴で踏み潰された。



「この国に住まう我々国民達を謀っていたくせに……!よくもまあのうのうと街へと顔を出せたもんだな!」
「綺麗な顔をした男を侍らして、聖女とは……!娼婦の如き行いじゃないか!」
「偽物はこの国から出ていけばいいんだ!」

いつの間に、囲まれていたのだろうか。
メニア達三人を、街に居た大人達が憎悪の籠った視線で睨み付け、口々にメニアに対して酷い暴言を吐く。

「──貴様ら……っ!」

ネウスが怒りに満ちた唸り声を上げて、メニアから視線を外す。
国民に、手を出してしまうつもりだろうか。
魔の者の王が、人間に、それもただの平民に手を出してしまえばそれこそ戦争の引き金となってしまう。

焦ったマティアスが、ネウスを止めようと腕を伸ばした所でメニアはぽつり、と呟いた。

「ネウスさん、もう、いいです……」

余りにも平坦で、感情の篭っていないメニアの声に、ネウスとマティアスはびくり、と体を震わせる。

いつも穏やかで、優しさに満ち溢れていたメニアの声が、凍てつく程に冷たい。

セリウスやシャロンにあのような仕打ちを受けた時にも、ここまで冷たい声音を聞いた事が無かったネウスは、驚きに目を見開いてメニアへと視線を向けた。

ネウスの視線を受けても、メニアは顔を上げる事無く、壊れた玩具に視線を向け続けながら、感情の昂りそのままに、メニアは聖属性の魔力をそのまま放出した。

ぱあっ、と辺り一帯に真っ白い清廉な光が満ちて、メニアの体を包み込む。
怪我を負った額辺りをその光は集中して包み込むと、投げられた石で額を切った傷口がみるみるうちに塞がり、メニアの怪我はメニアを罵る多数の平民達の目の前で綺麗に治った。

治癒魔法を発動したのだろうメニアは、心配そうに自分の身を案じてくれているネウスとマティアスに眉を下げて困ったように小さく笑みを零すと、「戻りましょう」と声を掛けた。

「ちょっと、待て……あの光……治癒魔法の光じゃないか……?」
「じゃ、じゃああの女は本当に治癒魔法が使えたのか……?話じゃあ、光属性も、聖属性の魔力も持っていないって……っ」

壊れた玩具をそのままに、メニアがゆっくりと集まった人々に背を向けて自分の邸へと足を進め始めると、困惑したような人々の声が聞こえてくる。

だが、そんな事はもうどうでも良い、と考えているメニアは戸惑いながら自分の後を着いて来るネウスとマティアスの気配を背中で感じながら、止まることなく一歩、二歩、と歩を進めて行く。

「メニア、傷は?本当に治ってんのか……?」
「メニアさん、他に何処か痛い場所とかはありませんか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

先程、メニアから発された恐ろしく冷たい声音はなりを潜め、ネウスとマティアスに普段通りの声音で返答する。
心配そうに顔を覗き込んで来る二人にメニアも薄らと笑みを浮かべると、自分の手を優しく包んでくれるネウスの手をメニアはきゅう、と握り返す。

後方からは戸惑いの気配が色濃く伝わってくるが、メニアは振り向く事無く、進んで行く。

メニア達が少し進んだ所で、後方、平民達が集まる更に後ろから怒声が聞こえて来る。
方向からして、王城の方から誰かがやって来たのだろう。
だが、メニアにはそれを確認する気も今は無い。

「──何の騒ぎだ!?」
「何事だ!」

口調からして、この国の衛兵か、騎士団の誰かだろうか。
メニアは、一瞬だけ聞こえたその声に聞き覚えがあり、つい後ろへと振り返ってしまった。

「──あっ、」

メニアが振り返り、小さく声を零した事に、相手も気付いたのだろう。

王城の方からやって来た団服に身を包んだ男性は、メニアの姿を見ると微かに笑みを浮かべて良く通る声でメニアの名前を呼んだ。

「そこにいるのは、メニア・ハピュナー嬢!?久しぶりだな……!」
「──リュドミラ卿」

キラキラと輝く笑顔を浮かべて、ハーランド・リュドミラはメニアに向かって親しげに手を上げると、立ち止まったメニア達に向かって近付いて来る。

ハーランド・リュドミラ。
この国の侯爵家の当主であり、王立魔道士団の団長で、以前メニア達子爵家の者をお茶会に招いてくれた張本人だ。

「ハピュナー嬢、陛下からお話は伺っているよ。……貴女を、謂れのない悪評で傷付けてしまって申し訳ない。この国の貴族として、魔道士団を束ねる団長として、貴女を偽りの聖女だと中傷した貴族の代わりに謝罪をしよう」

ハーランドの言葉に、先程までメニアを罵っていた平民達がざわり、とざわめいた。
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