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しおりを挟む「何の騒ぎだ……!?」
ネウスが先に馬車から降り、邸の玄関でバタバタと忙しなく移動する使用人達に視線をやってからメニアへと手を伸ばし、馬車から降りるのを手伝ってやる。
馬車から降り立ったメニアも、自分の家の様子が可笑しい事に気付くと、ネウスと手を繋いだまま急いで邸へと向かって行った。
「何の騒ぎなの……!?」
邸の玄関付近に居る使用人に、メニアも先程のネウスのように声を上げる。
メニアが姿を表した事に気付いた使用人達が数人、「お嬢様!」と声を上げるとパタパタと駆け寄って来た。
「お嬢様……っ!それが……っ」
使用人達は、メニアと共に邸にやって来たネウスやマティアス、ロザンナにちらりと視線を向けて若干言い淀む。
ハピュナー子爵家の人間では無いネウス達に、子爵家の騒ぎをこの場で告げても良いのだろうか、と言う迷いが出ているのにメニアは気付き、唇を開く。
「大丈夫だから、話して。ネウスさん達は私を助けてくれた人達だから何も問題無いわ」
メニアの言葉に、数人の使用人達は一瞬だけ顔を見合わせた後、こくりと頷き玄関へとメニア達を案内する。
「実は、先程から……っ、子爵家と取引のあった商人や商会が複数訪ねて来ておりまして……、旦那様がここ最近販路の拡大で商談を重ねていたのですが、それが全て白紙に戻されました……っ」
「事業の取引をしていた貴族の方達もそうです……!共同事業を起こそうとしていた子爵家の方や、男爵家の方々が突然邸にやって来て、今までの話は無かった事にしたい、と……!」
「──何ですって……!?」
邸へと入り、父親が居るであろう執務室に向かう道すがら、使用人達が悲痛な面持ちでメニアにそう説明して来る。
新規の取引を行おうとしていた相手先からそれら全てを白紙に撤回され、取引を行っていた相手からも契約解除の話をされているらしい。
何故、急にそのような事が、と考えてメニアはふ、と思い付いて唇を噛み締めた。
「──セリウス様と、シャロン様の仕業だわ……!」
「何だと?」
メニアの隣を歩いていたネウスが、低く呟く。
「恐らく、間違いありません……!セリウス様のレブナワンド侯爵家は、この国の貿易に関する決裁権を持っていました……、シャロン様のタナヒル侯爵家は、この国の新規事業に関する窓口を担っておりましたので、事前に何か手を打たれていたのかもしれません……っ」
子爵家が手掛ける事業を根刮ぎ押さえられている。
だが、セリウスは侯爵家の嫡男とは言え、まだ侯爵家を継いでいる訳でもないのに何故侯爵の決裁権を使用出来るのだろうか、と言う疑問が残る。
シャロンに関してもそうだ。
シャロンの侯爵家も、シャロンに決裁権など与える筈が無い。
メニアが混乱する思考を必死に落ち着かせようとして考えていると、隣にいるネウスがぽつりと零した。
「──あいつら、自分の家族すらも魅了と信用の魔法で操っていたのか……?」
「……っ!それしか考えられませんっ!」
確かに、魔の者から入手していた魔石を複数持っていたのであれば、家族を魅了の魔法で操り、信用の魔法で自分達の考えに信頼感を与え、自分達の親を意のままに操る事が出来ただろう。
「このような事にならなければ、もしかしたらあのお二人は我が家のこの状況を逆手に取って、何か取引を持ち掛けようと考えていたのかもしれません……!」
メニアが「信じられない!」と鋭く叫ぶ。
バタバタと慌ただしく邸内を執務室に向かい、メニアは父親が居るであろう執務室の前までやって来ると、数回のノックの後父親の返事がある前に慌ただしく扉を開いた。
「──お父様っ!」
バタン、と開かれた扉の奥には、ハピュナー子爵家の現子爵であるメニアの父親と、次期子爵となる姉の旦那であるハロルドが真っ白な顔をして室内で頭を抱えて居た。
突然部屋に入って来たメニアと、ネウス達にメニアの父親は驚いたように瞳を見開くと弱々しくメニアとネウスの名前を呼んだ。
「申し訳ございません、お父様……っ」
メニアはくしゃり、と表情を歪ませると父親に駆け寄り、メニアが駆け寄って来る姿に自然と両手を広げた父親の胸にメニアは飛び込んだ。
「何故、メニアが謝るんだ……?」
「分かっていらっしゃるでしょう……っ、お父様……!これはっ、セリウス様とシャロン様の企みです……っ」
メニアは悔しさに唇を噛み締めて父親へと言葉を紡ぐ。
きっと、父親も姉の旦那であるハロルドも、こうなってしまった切っ掛けも原因も分かっている筈だ。
恐らく、メニアに対して取引を行う為に家族を人質に取ったのだ。
だが、二人が捕まりその取引自体は恐らく潰えた。
だが、その結果残ったのはハピュナー子爵家を窮地に立たせるような悪意に満ちた行為。
商人や、商会との取引が一度潰えてしまえば、また再度初めから信頼関係を結び、取引を開始しなければならない。
例え、そのようになるよう手を下した人間が国に裁かれたとしても、取引を「なんらかの理由」で白紙にせざるを得なかった、と言う結果だけが残る。
例え罪を犯した人間が裏で手を回し、取引を潰していたとしても全ての関係先と再度以前のように取引を結ぶ事が出来るかは現状では分からない。
悪事を働いた人間が裁かれれば、一時は噂になり王都中を駆け巡るだろうが、それも時間が経過してしまえば噂も薄れてくる。
それとは違い、金銭の絡む事業などが潰えた噂は、噂が噂を呼び長い事その関係先に名前が、潰えた結果が残り続けてしまうのだ。
メニアが考えている事を、メニアが家に迷惑を掛けてしまった、と後悔している事をしっかりと理解しているメニアの父親は、メニアを安心させるように唇を開いた。
「メニア、メニアは何も心配する事は無いし、決して"自分のせいだ"と考えてはいけない」
「そうだな、義妹よ。義妹が何か気を病む必要は無い。子爵家の仕事は我々の責任だからな」
父親も、義兄も気遣ってそう言ってくれる。
その温かさに、メニアは申し訳なさと、有り難さで涙ぐんでしまった。
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