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しおりを挟む「初めてお目にかかります、ネウス様、メニア嬢。私はこの国の第一王子であるエリシュオン・アルド・アリティネイアです」
メニアとネウスに向かって恭しく頭を下げ、穏やかな微笑みを浮かべて自分の名を名乗る王太子に、メニアはわたわたと慌てながら国王陛下から順に自分の名を名乗り、カーテシーを行う。
「──っ、メニア・ハピュナーです。この度はこのような機会を頂きありがとうございます」
「……ネウスだ」
たどたどしく、声を震わせて挨拶をするメニアに国王であるヘンリーは軽く目尻を下げて微笑みを浮かべると、メニア達をソファへと促す。
「非公式の場だ。そのように畏まらずとも良いぞ、メニア嬢。ネウス殿もどうぞこちらに」
「ネウス様のお着替えを用意しておきました。どうぞあちらでお着替えを……」
ヘンリーの言葉の後に、王太子であるエリシュオンが来賓室の奥にある扉を腕で指し示す。
エリシュオンの言葉に反応して、控えていた使用人達がネウスに向かってぺこり、と頭を下げた。
ネウスは使用人達を横目でちらり、と見ながらこの場にメニアを残して自分だけが着替えに向かうのは……、と躊躇うとメニアの手をがしっと掴み、来賓室と恐らく扉続きになっている隣室へメニアを伴い着替えに行く事にした。
「──ネ、ネウス殿……!?」
「え、ちょっ、ネウスさん?」
ソファの側に立っていたヘンリーの慌てたような声音と、メニアの戸惑いの声が重なるが、ネウスは後ろを振り返る事無く、メニアを連れたまま唇を開いた。
「……手伝いはいらねえ。メニアに手伝って貰うからな。マティアスとロザンナは先に話してろ」
「かしこまりました」
「はい」
呆気に取られるヘンリーや王妃、エリシュオンを来賓室に残したまま、謝罪を受けるべき当人であるメニアとネウス二人はそのまま隣の部屋へとさっさと向かい、戸惑う使用人達に「入ってくるなよ」と言い置いて来賓室の隣の部屋へと入って行った。
ぱたん、と自分の背後で扉が閉まる音を聞いたメニアは、慌てたようにネウスに唇を開く。
「ネ、ネウスさん……!私もこっちに来てしまったら本来私たちが呼ばれた意味が……!」
「──いいんだよ。どうせ俺が着替え終わるまで謝罪は引き伸ばされてただろうしな」
バサバサと無造作に自分の衣服に手を掛けて脱ぎ捨てて行くネウスに、メニアは顔を真っ赤にするとパッとネウスの姿が目に入らないように体ごと背ける。
「──いてっ」
「っ、!だ、大丈夫ですか……!?」
思いの外、シャロンから受けた傷は深かったのだろう。
そのせいで血液を多く流し過ぎていたのか、今は既に傷口もメニアの治癒魔法によって綺麗に塞がってはいるが、乾いた血がシャツにべったりと張り付き、肌にも広範囲接触していたのでシャツを脱ぐ際に肌を引っ張り、ついついネウスの口から痛みを伴う言葉が零れると、離れた場所に居たメニアが真っ青な顔をして飛んできた。
「傷は、塞がっている筈なのに……っ内部がまだ損傷しているんですか……?ごめんなさいっ、直ぐに治癒するので……っ」
今にも泣き出しそうな表情で、眉を下げてそう告げてくるメニアにネウスは頭を撫でてやると「大丈夫だ」と告げる。
「今のは肌に血が張り付いていて、剥がすのにちょっとばかし痛んだだけだ。メニアの治癒魔法のお陰でしっかりと治ってるから安心しろ」
「ほ、本当に──……?」
ネウスの傷口を見ていたメニアは、ネウスの言葉に反応して顔を上げる。
すると、思いの外至近距離にネウスの顔があって、そこでメニアはハタ、と今の状況に瞳を見開いた。
「──っ!!」
ぼんっ、と瞬時に顔を真っ赤にさせて、メニアは目の前にあったネウスの何も纏っていない胸元から即座に離れようとしたが、その気配を察知したのだろう。
ネウスが離れようとしたメニアの体、背中に自分の腕を回して逆にメニアの体を引き寄せた。
「ひいぃっ!」
「何で逃げようとすんだよ、別に今更だろ」
「ちょっ、ちょっと……!ネウスさん離れて下さいっ」
メニアは必死にネウスの胸元に自分の両手を当てて腕を突っ張るが、メニアの抵抗など微塵も感じていないのか、ネウスは益々メニアを抱き込む力を強めてしまう。
今になって気が付いたが、この部屋には使用人も誰も居らず、メニアとネウスの完全に二人きりだ。
着替えの途中だったネウスは半裸状態で、このままでははしたない噂が流れてしまう!とメニアは必死にネウスの腕の中から逃れようとしていたがそこでまた気付く。
王族の居住区であるこの区画の来賓室で、そのような品の無い噂を流す者が居るだろうか。
いや、そんな人間など居ないだろう。
そもそも、その相手は魔の者の王であるネウスだ。
ネウス相手にそのような不敬と成りうる噂話などを好んで流す人間はこの場には居ないだろう。
メニアは温い人肌の温もりに包まれながらそう考えを改めると、自分の腰に回ったネウスの腕をぽんぽん、と何度か叩きネウスの胸元から見上げるようにして唇を開いた。
「──本当に、もう痛みは無いんですね?……そうしたら、これ以上お待たせしてしまうのは失礼ですし、早く着替えて戻りましょうか」
「分かった……」
些かメニアの頬はまだ薄らと赤いが、先程までの狼狽え様が引っ込んでしまった事にネウスはつまらなさそうに返事をすると、メニアを自分の腕の中から解放してやる。
そそくさとネウスから離れると、室内に用意されていたネウスの着替えをメニアは両手に抱えて戻って来て、ネウスに手渡すように腕を差し出した。
だが、自分に対して両手を伸ばして着替えを差し出しているメニアをネウスはじっと無言で見下ろすだけで、着替えを受け取る様子は無い。
「──?」
メニアが不思議そうに首を傾げると、ネウスはくるり、と背中を向けて「ん、」と小さく声を出すと腕を差し出した。
どうやら着替えを手伝え、と言う意味らしい。
「──もう……」
メニアははにかみながら小さく言葉を零すと、手に持っていた着替えを一旦近くにあった棚の上に起き、シャツを手にしてネウスの腕を通させる。
その後にくるり、と体を反転したネウスの羽織ったシャツを止めて行くと、ネウスは自分の目の前にあるメニアの頭頂部にずしり、と自分の顎を乗っけた。
「ちょ、ちょっとネウスさん……っ重いですし、手が動かしにくいですっ」
「んー……頑張れ」
「が、頑張れって……!他人事だと思って……っ」
メニアはぷりぷりと怒りながら、ネウスの着替えを手伝い、何とか最後にクラヴァットを結ぶ為にネウスの首にクラヴァットをしゅるり、と通した時。
ネウスがぽつりと呟いた。
「──あの第一王子、エリシュオンと話す時は気を付けろよ……」
「え……っ、」
何故?といったように瞳を丸く見開くメニアに、ネウスは溜息を付きたい心情に陥る。
この場に、国王と王妃だけでは無く、メニアと似合いの年頃の王太子を同席させたと言う事で、国の目論見は粗方分かる。
「……聖属性魔法の適性者であるメニアを逃がさねえ為に、王族の誰かと婚姻させるつもりかもしれねえ……だから、エリシュオンと話す時は下手に言質を取られねえように気を付けろって意味だ」
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