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しおりを挟むぱっ、とシャロンの腕から真っ赤な血が飛び、メニアは驚愕に瞳を見開いた。
自暴自棄になって、良くない事を考えたのだろうか。
傷が残ってしまえば、貴族女性として醜聞の的となってしまう。
メニアは咄嗟にそう考え、シャロンの元へと駆け出そうとしたが、いつの間にかメニアの腕に回っていたネウスの腕によって引き寄せられると、ぐっと抱き込まれる。
「──ネ、……っ、どうしたんですか……!?シャロン様の傷を癒さないと……!」
「行くな……!あれは、無理矢理喚び出す術だ……!」
「──へ?」
ネウスの言っている言葉の意味が分からず、メニアが眉を顰めた瞬間、シャロンの血に反応したのか、シャロンの目の前の空間がぶわり、と歪んだ。
そして、歪みが発生したのと同時、メニアが付けていたブレスレットが熱を放った。
「──アーモ様、アーモ様!手を貸して下さい……っ!」
シャロンがその歪みに向かって一心不乱に叫んでいる。
メニアを背後から抱き留めていたネウスは、その名前を聞いて顔色を変えると背後に居るロザンナに向かってメニアを託した。
「アーモだって……?……なるほどな、あの女の気質に良く合っている……」
ぼそり、と呟くネウスの声は若干震えていて、緊張感を孕んで居る。
ネウスは肩越しにメニアに振り向くと、唇を開いた。
「メニア、一応最上級の防御結界を張ってくれないか?あと、先日魔石に込めた攻撃を無効化すら魔石もあるだけ俺にくれ」
「わ、分かりました……!防御結界は、少しだけ時間が掛かるかもしれませんが……っ」
メニアは慌てて魔石を入れている布の袋を取り出すと、目当ての魔石を取り出してネウスに渡す。
最上級の防御結界、それを張らなければ、とメニアが集中して魔力を練り始めた時、歪みから徐々に人型の何かが姿を表した。
「──まだ、あの人で良かったと言うべきか、どうだか……。話が通じやすい面はありがてぇ……」
空間から何か禍々しい者が姿を表し始めた事に周囲に居た人間達に緊張が走る。
近くまで来ていたラドも、驚きの表情を浮かべ、ラドの側に居た護衛達がラドを守るように前に立ちはだかった。
だが、周囲の緊張など素知らぬ顔で喚び出した当の本人のシャロンは嬉しそうに表情を歪めて勝ち誇ったかのようにメニアに視線を向けた。
「──そうよ、初めからこの方を喚んでいれば良かったわ……!そうすれば直ぐに方がついたのに……!」
「シャロン……っ、君はいったい何を……」
セリウスも、シャロンに戸惑いを隠せないようでシャロンから一歩後ずさる。
シャロンが独断でこの者と契約をしたのだろう。セリウスにはその事柄を隠し続けていたらしい。
「セリウス……!この方はね、神様なの!私の願いを叶えて下さる神様……。神様に願ったら、色々と教えて下さったわ。セリウスとメニアの婚約の解消の仕方や、メニアを陥れる方法を授けて下さったのよっ」
「──神様……!?そんな訳がないだろう……!」
セリウスは恐怖に満ちた瞳で姿を表した「それ」を見詰めると、シャロンの先に居るそれを指差した。
「それ」は完全に姿を表すと、愉しそうに表情を歪めて獰猛な瞳をにたり、と笑の形に変えた。
体には蛇の尾のような物がしゅるしゅると緩く巻き付き、神様、と言うには明らかに禍々しい出で立ちをしている。
神々しさなど微塵も感じられず、セリウスはその姿を見た瞬間、恐怖に体が硬直してしまう程だ。
セリウスが見詰める先で、シャロンに喚び出された「それ」はかぱり、と口を開いて男とも女とも形容し難い声音でネウスにひたり、と視線を向けて話し始めた。
「──久しいな、ネウス。こうして顔を合わせるのは数千年ぶりか……?」
愉しそうに声を震わせながら語り掛けて来る「それ」にネウスは瞳を細めると唇を開いた。
「この姿だってのに、良く気付いたもんだな……。確かに、あなたと顔を合わせるのは数千年ぶりだ、と記憶している」
「それ」に名を呼ばれたネウスはちらり、とシャロンへ視線を向けながら「それ」──アーモ、と呼ばれた存在に応えた。
「ああ、名の縛りは無くなった。時間切れ、だ」
「……時間切れ……?あの女はあなたに何を望んでいたんだ……?」
「──ふふ、戯れに喚び出しに応じてみればネウスが居る世界線だったので張り切ってしまった」
アーモはネウスの言葉には答えず、甲高い声で嗤い声を上げるとネウスの後方に居るメニアに視線を向けた。
ネウスは、メニアに視線が移された事に気付くと、アーモの視線に自分の姿を割り込ませてメニアの姿がアーモの瞳に映らないように隠す。
「あの女の願いはもう叶えているが、もう一つ追加で請われてな。そちらの方は願いに対して対価が少ない。割に合わんから終いとした」
「……願い、とは俺の名を得る事だな……」
ネウスが呟くと、アーモはにんまりと瞳を細め、否定も肯定もしない。
アーモの背後では、ネウスの名前を知ったシャロンが喜んでいるが、既にアーモの興味はシャロンから離れている。
(──俺の目の前に姿を表した、と言う事は……もうあの女との契約は終わった、って事か……?)
それならば、もうじきに還る筈だ、とネウスが考えているとアーモはつい、と再度メニアに視線を向ける。
「この世界線にはたまにああして珍しい魔力の者が現れるな……。あれを喰らえ、と命令されれば良かったものの……。人間は存外つまらぬ願いを乞うものだ」
「……もう、用は済んだのだろう……っあなたはあなたの世界線に還った方がいいんじゃないか……っ」
ネウスは背中にひやり、とした物を感じるが、アーモがメニアに一瞬だけ向けた興味が瞳から消え失せるとほっと胸を撫で下ろす。
背後からシャロンが何かを叫んでいるような声が薄らと聞こえるが、アーモはその声には一切反応せずにネウスに向かって愉しげに笑むと「時間切れだ」と告げた。
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