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しおりを挟むシャロンが出て行く後ろ姿をメニアは見つめながら、視界の先でサロンの扉がパタン、と音を立てて閉じた事に安堵してその場にペタリ、と膝を付いた。
「メニア!?大丈夫か!」
メニアの父親が慌ててメニアに走り寄ると、手を取って立たせてやる。
体から力が抜けたようにふにゃり、と脱力するメニアに、父親は肩を貸しながらソファへと移動した。
「──き、緊張してしまって……、ありがとうございますお父様……」
「緊張?それだけか?他には体に不調などは出ていないか?」
ふにゃりとした笑顔で告げるメニアに、父親は慌てたようにメニアの様子を確認するがメニアは「大丈夫だ」と笑って告げるだけで本当に体調に不調が起きていないかどうかは分からない。
その事が心配で、父親がメニアに更に言葉を掛ける前に、メニアが唇を開いた。
「──いつ、シャロン様の中に居る存在がまた再び出てくるか、と緊張していて……あの存在がまた姿を表してしまったら、どう逃げればいいのか、とぐるぐる考え過ぎてしまっただけです」
「あの存在は、今回は出てこなかったわね?」
メニアの言葉に、いつの間にサロンにやって来ていたのか、ロザンナが自分の顎先に指を添え考えるように呟きながら近付いて来る。
「そう、ですね……。魅了の魔法を発動されてしまった時はヒヤリとしましたが、ネウスさんが言っていた存在は結局出てはきませんでした」
メニアは、話しながら自分のブレスレットが嵌った手首を無意識の内に摩る。
手首には、ネウスから貰ったブレスレットが嵌っていて、それは不思議な事にシャロンの中に居る存在の出現を認めたら熱を発し、装着している人間に知らせてくれる魔道具だ。
シャロンと同じ空間に居た夜会でも、今夜のサロンでもそのブレスレットは熱を発する事は無く、もしかしたらもう既にシャロンの願いは叶えられていて、その存在は還っているのでは、と淡い期待をしてしまう。
「──私はネウス様ではないからはっきりと分からないけど……あの娘からは人間では無い、別の気配を薄らとだけど感じれたからまだあの娘の中には居そうね」
ロザンナの言葉に、メニアは自分の考えが外れていた事を知り眉を下げる。
もし、その存在が既に居なくて、ネウスとマティアスが対応している魔の者の悪い人物との決着が着いていれば、もうセリウスとシャロンに怯える事は無いだろう、と考えていたのだがそう上手くはいかないらしい。
「まだ……居るのですね……」
「──ええ、恐らくはね。……でも、メニア。ネウス様の名前を告げなかったのは良い判断だったわ。ああいった、自分の手に負えない存在を喚び出す者に名前を教えてしまっては悪用される可能性があるから、今後も執拗に名前を問われても教えてはいけないわ」
「そうなんですね……、分かりました。ネウスさんの名前は、シャロン様にも、セリウス様にも知られないように気を付けます……!」
メニアの言葉に、ロザンナはにっこりと微笑むと「いい判断ね」と笑ってメニアの頭を撫でた。
──時は少し遡り。
「マティアス……、気配が濃くなって来た、攻撃に気を付けろよ」
「分かりました、ネウス様……!」
夜の濃紺の闇に紛れて建物から建物を高速で飛び移り、解放した魔の者をネウスとマティアスは距離を開けて追っていた。
メニア達は今頃ラドの執務室を出て、邸に戻る準備中だろうか、とネウスは考えながらしっかりと前方に居る魔の者の気配を辿って行く。
マティアスが捕らえた魔の者から聞き出した情報から、この後この国に入り込んだ魔の者達は落ち合い、何かを話し合う予定らしい。
「この先の場で、全員処理してしまえばメニアの婚約者も、あの女ももう何も出来なくなるだろ……っ」
「そうですね、結局はあの婚約者も、魔の者の魅了の籠った魔石が無ければこれ以上の悪事は働けなくなるでしょうし……信用の魔法だけでは限界がありますしね……」
「──止まった。様子を見るぞ」
「はい」
声のトーンを落として、小声で話しながら移動していたネウスとマティアスは、前方を移動していた魔の者がピタリと足を止めた事に気が付き、自分達も建物の影に隠れる。
存在を希薄にする魔法を自分達自身に掛けたい所だが、ここまで近付いてしまえば発動した際の魔力の揺らぎで相手に気付かれてしまう可能性がある。
その事におくらばせながら気付いたネウスは、小さく舌打ちをする。
「……くそっ、ラドの所を出た時に発動してりゃあ良かった……」
「──ネウス様も焦って失敗する事もあるんですね」
「……メニアには言うなよ……。みっともねえ」
「分かりましたよ──と、来ましたよ!」
マティアスの言葉に、ネウスはぱっと前方に視線を移す。
そこには、魔の者の他に数人姿を表しており、何やら小声で会話をしているようだった。
その中の一人、ある人物の姿を見た時にマティアスの瞳が大きく見開かれる。
「──あれは……!師団長補佐……!?」
「何?」
魔の者の国にも、騎士職がある。
マティアスが所属する騎士団とは別に、魔の者の国には大きく分けて三つの騎士団があり、マティアスが所属するのは魔の者の王であるネウス直属の騎士団で、マティアスが師団長補佐、と呼んだ人物が所属しているのは国の民を守る事を主任務とした近衛騎士団の中にある分隊を纏めた複数ある内の師団の一つだ。
そこの師団長補佐が何故かこの場に居る、と言う事は師団長補佐の上役の師団長もこの悪事に加担している可能性が高い。
「おいおい……そこそこの人数が俺を殺そうと画策してるって事かよ……」
ネウスは呆れたように呟いた。
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