上 下
96 / 155

96

しおりを挟む

広範囲の治癒魔法。
セリウスが発した言葉に、周囲の貴族達は表情を輝かせ、メニアに視線を向ける。

「そのような魔法が使用出来るのならば……!」
「早くその広範囲の治癒魔法でぱぱっと治して下さいよ!」
「──……っ、」

メニアには、広範囲の治癒魔法など発動出来ない。
あの時発動出来たのは、セリウスから貰った魔力増幅のブローチ魔道具を創星祭に付けて行っていたから広範囲治癒魔法を発動出来ただけだ。

そのブローチ魔道具を渡して来たセリウスは、メニアがそのブローチのお陰で魔力が増幅し、あれだけの広範囲治癒魔法を発動出来ていた事を理解している筈だ。
それなのに、出来もしない事をこの場でやれ、と強要してくると言う事は大勢の前で聖女としての治癒魔法が発動出来ない事を露見させようとしているのだろうか。

メニアは何とも言えない表情を浮かべると、セリウスから視線を外して怪我人への治癒を続ける為に怪我人に向き直る。

だが、そのメニアの態度を見た貴族達が更にメニアに近付いて来る。

「──聖女様、そのようにちまちまと魔法を掛けるのでは無く早くいっぺんに治して下さいよ!」
「ああ、痛い……っ何故怪我人である我々を捨て置いてただの警備の人間等を治すのか……!」
「……っ、少しだけ黙っていて下さい……っ!何度も話し掛けられてしまうと、集中が乱されてしまうんですっ」

メニアが堪らない、といった様子でつい貴族達に言葉を掛けると、その様子にセリウスが首を傾げて周囲に良く聞こえるような大きさでメニアに声を掛ける。

「でも、メニア。彼らの言う事も尤もだろう?何故、あの日のように広範囲治癒魔法を発動しないんだい?あの時のように発動すれば、複数の怪我人を直ぐに治癒出来るだろう?」
「──っ、セリウス様も、少しだけ黙っていて下さい……っ」

セリウスとメニアの会話に、周囲に居た貴族達がざわざわと疑問を口にし出す。

「そもそも、広範囲の治癒魔法を発動出来ると言う事は魔力が豊富で、魔力制御も優れた者であるという事だろう?だからこそ、聖女様に任命されたと言うのに……」
「──集中が乱される、と言っていなかったか……?それだけの豊富な魔力と、魔力制御が出来ていた聖女様が何故、今この場所で同じ事が出来ない?」
「その時に発動出来た、と言う広範囲治癒魔法がもう発動出来ないと言う事か……?」

こそこそ、ひそひそとメニアの周囲で貴族達が話始めるがその言葉達はしっかりとメニアの耳にも届いて来る。

周囲の貴族達の疑問が大きくなり、メニアへの不信感が育って来ている事が如実に分かり、ネウスとマティアスは関心する。

(──なるほどな。メニアの婚約者はこうして周囲からメニアを疑わせて、聖女は偽りだ、とでも糾弾するつもりだったのか……)
(それ、をこの国の重役達が監視でもしてるんですかね?)
(多分、な。だからこそ、ラドが言っていたあいつらは動じずこっちを観察したままだ。……と言う事は、この場では俺達が下手に動かず成り行きを見守った方がいいって事か。この国に害ある人間達を見極めてんだろ)

ネウスとマティアスは、お互いにしか聞こえない程度の極小さな声で会話を続ける。

先程から、セリウスの言葉に煽られてメニアを疑問視する貴族達の語気が荒くなって来ており、興奮気味になって来ているのが良く分かる。
ネウスはメニアの側に近付くと、興奮気味の貴族達を牽制するように周囲に視線を巡らせる。
マティアスも腰の剣に手を添えると、厳しい視線で周囲を見回した。

先程、魔獣を相手に戦ったネウスとマティアスの姿をしっかりと見ている貴族達は、流石に襲いかかっては来ないがメニアへの不信感は時間が経つと共にどんどんと募っていっているようだ。

怪我人を運んでいたカーナやユリナも、心配そうにメニアに視線を向けているが、ネウスは二人には近付かないように視線で制す。
「その他大勢」の中の一人でいてもらった方が後々都合が良いかもしれない。



「メニア……メニアはもしかして、本当は広範囲治癒魔法を発動出来ないの……?」

セリウスがぽつり、と零した言葉に周囲の貴族達が「何だと!?」と声を荒らげた。

「──それならば、ただの光属性の使用者が聖女を騙ったと言う事か!?」
「それならば納得が行く……!これだけ言われても、ちまちまと一人しか治さないのも、複数人を同時に治癒出来ないからか!」
「聖女を騙って、その権利を欲しいままにしていたのか……!?」

セリウスの言葉一つで、突然貴族達は興奮したように口々に声を荒らげてメニアを詰める。
周囲の人々の突然の変化に、メニアは驚きに目を見開くと治癒魔法の発動が途切れてしまう。

その様子を、図星だったのだろう、と歪曲した貴族達が声高に自分達の言葉が正しかったのだ、と吹聴し始めた。

「──やはり、そうだったのか!」
「何か姑息な手を使い、この国の聖女に任命され、その権利を悪用していたのだな!」
「聖女を偽る最低な人間だ……!」

貴族達の言葉に、その周囲で様子を見ていた他の貴族──この夜会に参加していた貴族達が俄に騒ぎ始める。
大多数の言葉を信じやすいのが人間だ。
誰かがメニアを疑い始め、その雰囲気が広がり始めればその雰囲気に呑まれて良く知りもしない内に多数の人間の言葉を信じ始める。

現に、メニアが広範囲治癒魔法を今現在使用していない、と言うだけでメニアを聖女では無いのでは、と疑うような流れが出来始めてしまっている。

「メニア……、本当に広範囲治癒魔法を使えないの……?俺達を騙していたの……?」

とても悲しそうに眉を下げながら問い掛けてくるセリウスに、周囲の喧騒は更に大きくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵
ファンタジー
 伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。  そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。  けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。 「国外追放になって悔しいか?」 「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」  悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。  その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。  断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。 ※他サイトでも連載中です。  毎日18時頃の更新を予定しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...