【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船

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余りにも淡々と話し、説明するネウスにマティアスはじり、と無意識の内に一歩後ずさってしまう。

表情や、声音は変わらない。
全く変わっていないからこそ、それが恐ろしいのだ。
ネウスの深紅の瞳が、ネウスの感情に反応するかのように色濃く強く輝いている。

(こんな、ネウス様を見るのは数百年ぶりだ──……)

マティアスが今の状態のネウスを見たのは、数百年前にこの国の愚王が起こした戦争に、ミリアベルとノルト、カーティスの子孫達が巻き込まれた時だ。
愚王の愚策に、この国は一度窮地に陥っている。
勝手に魔の者の力をあてにし、周辺諸国に戦争を仕掛けて激しい抵抗に合い、友人達の子孫達が死地に送られようとしていた時に見た姿ととても酷似している。

あの時のネウスは、身の内に激しい怒りの感情を抱き手の付けられない状態になってしまった。
その後のこの国の愚王がどうなったかなど、思い出したくもない程である。

それが、あの時の情景がまるで再来しているかのようなネウスの様子に、マティアスは顔色を真っ白に変化させ、背中には嫌な汗が吹き出している。

(──あの時よりも、今の方が遥かに最悪だ……!)

マティアスに向けられている訳でも無いのに、ネウスから漏れ出ている殺気に、息が出来なくなって来る。
マティアスがまるで酸素を求める魚のように口を開け閉めしていると、突然背中に強い衝撃が走った。

「しっかりしなさい!余波にやられてどうするの!」

マティアスの耳に、聞き慣れた女性の声が聞こえて、その瞬間マティアスはヒュッと息を吸うとどっと額から汗が迸る。

白銀の髪の毛を夜風に靡かせて、背筋を伸ばして自分の横に立っているのは、とても頼りになる母親で、ネウスの側近でもある。

「まったく、ネウス様は何やってんだか。自分の部下を怖がらせてどうするのよ」

怒りを滲ませた声でロザンナは呟くと、ぷりぷりと怒りながらネウスへと近付いて行く。

「兄様、大丈夫?」
「ネウス様何があったの?めっちゃ怒ってる?」
「──っ、カーナ、ユリナ……っ」

マティアスは、自分を気遣うように声を掛けてくれる妹達にほっとして表情を崩すと、妹達もネウスの殺気にあてられたのだろう。
先程のマティアス程では無いが、顔色が悪い。

「──っ、母さん!」

そこで、マティアスはハッとして自分の母親、ロザンナが向かった方向へと急いで視線を向ける。
いくらロザンナ自身がネウスの側近だとは言っても、今のネウスは怒り狂い、自分の種族ですら溢れ出した殺気で戦かせてしまう状態だ。

いつもの様子でネウスに声を掛けて、火に油を注いだら、と心配になって視線を向けたマティアスの先で、ロザンナが勢い良くネウスの頭に手刀を叩き込んでいた。




「──痛っ!」
「何があったか知りませんが、殺気を垂れ流すの辞めて貰えますか、ネウス様?私の可愛い子供達が怯えてしまってます」
「ロザンナ……?お前、いつの間に……?」

突然ロザンナに手刀を叩き込まれたネウスは、呆気に取られたようにぽかん、と口を開けてロザンナを見やる。

その様子のネウスに呆れたような溜息を吐きながら、ロザンナは返答した。

「今さっきです。ネウス様の魔力を辿ってここまで来たら、あろう事か殺気を撒き散らしていたので、娘達が怯えていたのでお止めしました。駄目でした?痛かったですか?」
「……いや、悪い……助かった……」

決まり悪そうにネウスがロザンナから視線を外してそう呟くと、ロザンナは「しょうがない」と言うように息を一つ吐き出すとくるり、と振り向いて自分の娘達に笑顔で手招きをする。

「さあ、カーナ、ユリナ。もう大丈夫だからネウス様にご挨拶しに来なさい」

ちょいちょい、と指先を折って娘達を呼ぶロザンナに、カーナとユリナはお互い顔を見合わせるとネウスに近付いて行く。

妹達の後にマティアスも続きながら、ネウスの様子を伺うが、先程の殺気は既になりを潜めており、「普段」のネウスに戻っている事に安堵の息を吐く。

ネウスの前までやって来たカーナとユリナは、自分のドレスの裾を持ち上げると軽く腰を折ってネウスに頭を下げる。

「ネウス様、お久しぶりです。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
「ご無沙汰しております、ネウス様」
「ああ。久しぶりだな。驚かせて悪い」

挨拶が終わるのを待っていたロザンナは、明るい表情でぽん、と手を叩き、邸へ向かう事を促した。

「──さて、ネウス様。私は兎も角、娘達は長距離を移動して来たので疲れて居ます。一先ずお邸に向かいましょう」
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