【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船

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「……分かりました。帰ったら直ぐに魔石を作成して、解呪の魔法発動の調整に入りますね」
「ああ。夜会まではもう学院には通わなくていいんじゃねえか?メニアの婚約者と、あの女と接触する機会を減らした方がいい」

夜会まではあと数日ある。
休日前の夜にその夜会が開かれ、学院生を含むこの国の多くの貴族が参加するだろう。

王都では夜会の開催に伴い、創星祭のように夜遅くまで街中が賑やかになり国民達も祭りの夜のように夜半まで祭りを楽しむ。
かなりの人数が王都内に留まる為、ここでセリウスやシャロンが何かを仕掛けてきてしまえば、対応が後手に回る可能性もある。
大勢の人間が被害にあってしまう可能性がある事を考えると、その可能性を少しでも潰しておきたい。

ネウスはそう考えていた自分にはた、と気付くと声を出して笑った。

「えっ、?ど、どうしたんですかネウスさん?」

メニアが突然笑ったネウスに対して驚く。
先程まで真面目な話をしていたのに、突然ネウスが言葉を止め、笑い声を上げたのだ。

同じ馬車内に居るメニアとマティアスが驚きに瞳を瞬かせていると、ネウスは自分の口元に手をあてながらメニアとマティアスに視線をやった。

「──……いや、こうやってあいつらとも色々話したな、と思い出してな……。ミリアベルとノルトが居なくなってからは人間と深く関わる事なく数百年が経っちまったから……あいつらともこの国で色々起きた時に真面目に話をしたな、と思い出して懐かしくなっちまったんだよ」

若干の寂しさを瞳に乗せながらネウスがそう説明する姿に、メニアは何とも言えないような感情が自分の胸中に満ちる。

「……そんな表情すんなよ、ただ思い出しただけだ。数百年毎にこうやって体と頭を働かせねえと退化しちまうしな」

肩を竦めてそう話すネウスに、マティアスは眉を下げて同調する。

「頭を動かすのは確かにいいですけど……今回のような相手は俺はごめんですよ」
「ははっ、俺も嫌だ」

カラッと笑顔でそう告げるネウスに、困ったように笑うマティアスにメニアも釣られて口元を緩めながら馬車内ではまるで不思議なくらいこの先に立ち込める暗雲を感じさせないような明るい会話が続いた。








メニアを子爵邸まで無事に送り届け、ネウスとマティアスは出迎えたメニアの父親に自分達が聖女の護衛任務にあたっている、と言う事を告げた。
今後も、メニアが外出する際はメニアの護衛につき、夜会や茶会などに参加する時もメニアの側に侍る事を事前に伝える。

この国の宰相であるラド・メランドからの護衛依頼だ、と告げればメニアの父親は恐縮そうにペコペコと頭を下げ、ネウスとマティアスに礼を述べた。



子爵邸を後にしたネウスとマティアスは、この国に用意してあるネウスの邸へと帰る道すがら、真っ暗な道を足音も立てずに共に進んでいる。

「ネウス様」

途中で、マティアスがぴたり、と足を止めてネウスの名前を呼ぶと、ネウスもまたマティアスの少し先で足を止めて半身だけマティアスに振り返る。

「──あの婚約者の男から、何を聞き出したんですか?」

全てを話していないような気がして、マティアスは若干の緊張感を感じながらネウスにそう問い掛ける。
マティアスの真っ直ぐな視線に、ネウスは唇を歪めると忌々しそうに唇を開いた。

「──あいつら、メニアを始末する予定だった」
「……は?」

始末、とは。
メニアを始末しようとしていた、と言う事は命を奪うつもりだったと言う事だろうか。

「ちょっと、待って下さい……!だって、あの男と女はメニアさんの権利を悪用していたんですよね!?それならば、メニアさんの命を奪ってしまっては自分達の目的が──……!」
「だから、自分達の目的が達成次第、メニアを始末する予定なんだよ。今回の夜会で、恐らくメニアを"偽の聖女"と周囲に印象付けるだろう。怪我人を大勢出して、メニアが聖女に任命される切っ掛けとなった広範囲の治癒魔法を発動させるつもりみたいだ。──だが、魔力増幅の魔道具が無いメニアには再度広範囲の治癒魔法を発動する事は出来ない」
「それならばっ、怪我人が出ないように俺達で……!」

焦ったように言い募るマティアスに、ネウスは「どうやって?」と口にする。

「序列十以内の相手を牽制しながら、どうやって複数の人間達を助ける術がある?お前一人だけで人間達を助けるのは無理だろ。それと同時に、あの婚約者の男に味方している馬鹿な野郎も居る。そいつらは複数だ。メニアの婚約者が口にした名前だけでも二人。人間には自分達の事情を話してはいないだろうからまだ複数いるだろう。魔獣を放って人間達を襲わせる予定らしいが、全部は防ぎきれねえ」

ネウスは自分の髪の毛を乱雑にかくと、肩を竦めて言葉を続ける。

「少ない人数では全てを助ける事は出来ねえし、俺はメニアの周辺だけを助ければいいと考えている」
「それ、は……っ。俺もネウス様の考えには同意しますが……っ」
「勿論、ミリアベルやノルト、カーティスの家の人間は守るつもりだが、それ以外はメニアを最優先に考えて動く。……序列上の者を一先ず先に還す為にあの女の願いを叶えちまうぞ。……例えメニアが傷付けられても」

体は守り切るつもりだが、精神面は守り切れるかどうか分からない。
偽の聖女、と国民に知られればどうしても心無い言葉を掛けられる事になるだろう。

この国の上層部には真実を伝えており、メニアへの態度は変わらないだろうが、その他の人間達がどうなるかは分からない。

人間は、多数の感情に同調する生き物だ、とネウスは思っている。
この国に住む国民達の過半数以上がメニアを偽の聖女だ、とセリウスの妄言に惑わされればその言葉に同調する。
大多数の意見に合わせるのが楽だからだ。

そして、自分で考える事を放棄し、弱い立場の人間を大勢で攻撃するのだろう。
大勢の意見に同調するのは力の無い人間の生きる術だと言う事も分かる。それがその種族の特徴でもあるのだ。

「──あの女の願いが叶えられれば、中に入っている者はそのまま還る。それから、婚約者の男と女を始末しても問題はねえだろ。今回、あの貴重蔵書保管庫で手に入れた書物と引き換えに、再度魔獣を放つつもりだったらしいからな」
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