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しおりを挟む背後で静かに扉が閉まる音が聞こえて、メニアは共に出てきたマティアスに不安げな視線を向けながら唇を開いた。
「マティアスさん、ネウスさんはセリウス様になにをなされるつもりなんでしょうか……?もし、あの場でセリウス様の身に何かあれば……この国は魔の者である皆さんを敵視してしまうかもしれません……」
この国にはまだ魔の者であるネウスやマティアスの存在に気が付いていない。
何も知らないこの国の大人達が、セリウスの言葉を信じてしまい、ネウスやマティアス達を「悪い存在だ」と認識してしまったらこの国の人間を親に持っていたマティアスは。
この国に住んでいた友人達を大切にしていたネウスは。
この国に足を踏み入れる事がしにくくなってしまうのでは、と心配になってしまう。
メニアの表情から、セリウスでは無く自分達の身を案じてくれていると言う事を察したマティアスは嬉しそうに眉を下げて笑うと、「大丈夫ですよ」とメニアに向かって声を掛ける。
「昨夜、ネウス様と話しました。あの女性に入っている存在は、あの女性の願いを叶える為に召喚されているので、こちらから攻撃を仕掛けない限り、何かをしてくる可能性は低いかもしれません。あの日、メニアさんをあの女性の中に居た存在が洗脳しようとしたのも、恐らく命を狙っていたのでは無く、女性の願いを叶える為にメニアさんに何かをさせようとして、洗脳を掛けたのかもしれないんです」
「──私に何かを?」
メニアの言葉に、マティアスは「ええ」と頷くと言葉を続ける。
「ネウス様が言うには、ああいった存在が他者の命を奪う為に召喚されているのであれば、とっくの昔にメニアさんはこの世に居ないし、あの場でも殺気を感じる事が無かった、と仰ってました。だから、今優先すべきはあの女性ではなく、メニアさんの婚約者のあの男性をどうにかしようとネウス様は残ったんだと思います」
(──あの男が、本当にこちらの種族の者と通じていて、こっちの種族の者とあの女性の中にいる存在と接触をしていなければ、まだいくらでもやりようはある)
マティアスは心の中でそう続けるとメニアに視線を戻す。
「そう、そうなんです、ね……。ネウスさんやマティアスさん達に良くない事が起きなければ……安心ですね」
「──……っ、ありがとうございます……っ」
ふにゃり、とほっとしたような笑顔を浮かべるメニアに、若干頬を染めたマティアスが言葉に詰まりながらお礼を述べると、メニアの背後に直立不動の影がある事に気付く。
「──あ、忘れてた……」
マティアスがしまった、と言うように呟いた言葉にメニアが反応すると、マティアスと同じ方向へと視線を向ける。
そこには、メニアも目にしたこの図書館の衛兵が居て、まるで正気を失ったかのような虚ろな瞳でぼうっと虚空を見詰めている。
「──えっ、?なん、どうしたんですか、あの方……!」
先程、セリウスとメニアが保管庫へ入室する時は普通に会話する事が出来たのに、今はメニアとマティアスの姿にも反応する事無く、まるで自分の職務を忘れたかのようにただそこに佇んでいる。
元々王立図書館内には、限られた者しか入館する事が出来ない事もあり、更に時刻は閉館する前の時間である為、利用者が少ない。
周囲の者にこの姿を見られてしまう、と言う事は無いだろうが彼の精神面は大丈夫なのだろうか、とメニアは心配になってしまう。
「あぁ~……。ちょっと、中に入るのにネウス様が多少無茶をしてしまったので……。強く魔法は掛けて居ないと思うので、時間が立てば効果はちゃんと無くなると思います」
「ネウスさんが衛兵の方に魔法を!?え、だ、大丈夫なんでしょうか?彼の精神面は?ネウスさんの魔法は強いんですよね!?」
「だ、大丈夫ですよ!そこまでネウス様も自分を見失ってはいないと思いますから!」
マティアスが慌てたように自分の手のひらをわたわたと胸の前で動かすのを見て、メニアは心配になり衛兵の方へと視線を戻す。
「私が解呪を発動出来れば良かったんですけど……」
「……?解呪の魔法、結構難しい感じですか?」
ぽつり、とメニアが呟いた言葉にマティアスが反応すると、メニアは苦笑しながら言葉を返す。
「──はい。魔力の制御が凄く難しくて……。詳細な微調整を行い、構築式に魔力を流さなければいけないのですが、その構築式もまたとても繊細で複雑な式で……今の所失敗ばかりです」
「へぇ……。俺たちは聖属性魔法の事は全然分からないんですが、五元素魔法とも全く性質が違うんですね?」
「あ、そっか。マティアスさんはお父様が人間だから、五元素魔法も使用出来るんですよね?」
「ええ、そうです。父さんが使用していた火、風、土の三属性はそのまま受け継いでます」
少しだけ誇らしそうに笑うマティアスにメニアは驚きに瞳を見開く。
三属性の魔法を使用する事が出来、更にマティアスは母親が魔の者の為、闇属性の魔法も使用する事が出来る。
四属性の魔法を使用する事が出来ると言う事は、この国の王立魔道士団の団長であるハーランドよりも優れた魔法の使い手だ、と言う事だ。
「マ、マティアスさん一人だけでも敵に回したらこの国は大変な事になっちゃいますね……」
メニアが引きつった笑みでそう零すと、マティアスはキョトン、とした後に破顔する。
「ははっ、俺はメニアさんの敵に回りませんよ」
「何だ、随分と仲良く話してるじゃねえか」
いつの間に扉から出てきたのだろう。
ネウスが些か疲れたような表情でマティアスとメニアに近付いて来ると、がしがしと頭をかきながらメニアに寄り掛かるように背後から腕を回して来る。
「──わっ、ネウスさんっ?お一人ですか?」
ネウスの体重にたたらを踏んでしまうが、何とかしっかり両足に力を入れてその場に踏みとどまると、自分のお腹に巻き付いたネウスの腕に自分の手を重ねる。
「ああ。ある程度状況は把握した。あの男も、その内自分の足で帰るだろ」
魔力めちゃくちゃ消費したわ、とぶつくさ言葉を零しながらネウスはメニアに自分の頭をぐりぐりと押し付ける。
「魔力を消費しちゃったんですか……?それは、どう言う──」
まるで大型犬にじゃれつかれているような気持ちになりながら、メニアはネウスの腕を重ねた手のひらでぽんぽん、と叩きながら言葉を掛けるが、そのメニアの言葉が最後まで発される事は無く、第三者の男の声がその場に鋭く響いた。
「──お前達は何者だ……っ!我が国の聖女から離れろ……!」
メニア達三人の前に現れたのは、先日メニアに聖女の権利や、恩恵を丁寧に説明してくれたこの国の宰相、ラド・メランドだった。
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