39 / 155
39
しおりを挟むこんなに真剣な表情で、真面目な声音で告げるネウスは久方ぶりだ。
マティアスはネウスのその態度からさっと表情を引き締めると、「分かりました」と言葉を返し、未だに真面目に禁書を黙々と読み込んでいるメニアに声を掛ける。
「──メニアさん、集中している所すみません。急ぎの用事が入ってしまったので、俺はここで……」
「……えっ、あ!はい!わざわざ届けて頂きありがとうございます、マティアスさん……!」
マティアスに声を掛けられて、慌ててメニアは禁書から顔を上げるとマティアスに向かってぺこりと頭を下げる。
「ええ、また来ますので。その時は宜しくお願いします」
「はい、是非!」
メニアとマティアスは穏やかに微笑み合うと、別れの挨拶をした。
メニアに見送られ、マティアスが部屋の窓から出て行き姿を消すと、メニアは再び禁書に視線を戻す。
分からない筈の、理解出来ない筈の禁書の内容がするすると理解出来ていくのが何処か不思議で、でも楽しくてメニアが夢中になって禁書を読み進めていると、突然自分の頭にどすっ、と何か荷重が掛かった。
「ぅぐ……っ」
「……内容は理解出来たか?」
話し相手のマティアスが居なくなってしまい、暇を持て余してしまったのだろうか。
ネウスがメニアの頭に自分の顎を乗せてつまらなさそうに後ろから禁書の表面を指先でつついている。
「ちょ、ネウス様……っ、重いですっ」
「なーんか他人行儀なんだよなぁ、その呼び方……」
メニアの訴えなど聞こえていないようにネウスはぶつぶつと呟くと、メニアが開いていた禁書を自分の手でパタンと無理矢理閉じて、メニアの頭を掴み自分の方へ顔を向けさせる。
「距離を感じる。面白くねぇ」
「……?何がでしょう、ネウス様」
メニアはネウスの言いたい事が分からず、眉を寄せてネウスに言葉を返すと、途端にネウスは不機嫌そうに片眉を持ち上げて「それだよ」と唇を開いた。
「それだ、それ……!何で今さっき合ったばかりのマティアスをさん付けで、俺は様付けなんだよ。面白くねぇ!」
「えっ、ええ!?だって、ネウス様は魔の者の王様ですよ……!?本当はこんな風にお話する事も恐れ多いんですよ……!?」
「それは人間の感覚だろ?俺が良いって言ってんだからいいだろーが」
ネウスの無茶苦茶な要求に、メニアが困ったような表情を浮かべると、ネウスは更に不機嫌そうに唇を尖らせる。
「様付けを辞めねぇとこの禁書すぐに俺の国に送っちまうぞ」
「──っ、それはずるいです……!」
呼び方一つでここまで駄々をこねるような大人を初めて見た、と言うようにメニアは戸惑いの表情を浮かべるとどうしたらいいだろうか、と悩む。
いくら本人が良いと言っても、王であるネウスをそんな友人のような敬称で呼んでもいいのだろうか、とメニアは考えるが、ネウスは一度決めた事は変えないだろうと言う事もこの少ない期間の間に理解してしまっている自分もいる。
他人行儀で嫌だ、と言うネウスにメニアは困ったような表情のまま、「本人が良いと言っているのであれば……」と覚悟を決める。
このまま敬称を変えずにいたらまだまだもっと面倒くさい拗ね方をしそうだ、と失礼な事を考えてしまう。
メニアは諦めたように溜息を吐き出すと、未だに自分をじっと見詰めるネウスに向かって唇を開いた。
「──ネウスさん……。これで良いですか……?」
苦笑しながらそう言葉にするメニアと対照的にネウスは愉しそうに笑うと唇を開いた。
「ああ。充分だ」
嬉しそうに表情を緩めるネウスに、メニアは何だか大型犬のようなイメージを抱いてしまい、ついつい声を漏らして笑ってしまう。
メニアが何故笑っているのか分からないネウスは不思議そうに首を傾げていた。
「数冊の禁書を読み終わったな。聖属性魔法は無事取得出来てんのか?」
「うーん……。どうでしょう……。構築式は分かりましたが……どれも光属性と通ずるような条件でも構築式でも無かったので、上手く発動出来るかどうか……」
元々、治癒魔法は光属性の治癒魔法と発動条件が同じ為メニアが発動する事も出来た。
その他にも、光属性魔法と同じような効果をもたらす魔法は発動する事が出来たが、今回禁書に記されていた聖属性魔法の構築式はどれも複雑で魔力の制御が難しそうだ。
メニアは先程覚えた精神干渉を弾く魔法を発動してみよう、と自分の中にある魔力を練り上げて行く。
ゆっくり、慎重に自分の頭の中に聖属性魔法の構築式を思い浮かべてその構築式に魔力を通して発動の準備を行う。
メニアが魔法を発動しようとしているのがネウスにも分かったのだろう。
興味深そうにメニアをじっと見詰めている。
「──出来ました……っ、」
メニアが些か顔色を悪くして、そう告げると同時に魔法を発動する。
メニアの発動に合わせて聖属性の真っ白な光がぱっとメニアの体の周辺に輝き、そしてその光が消失する。
光が完全に収まり、メニアは自分の体を不思議そうに見下ろすと不安そうに唇を開いた。
「──?発動出来ましたが……本当に魔法が成功しているのかどうか、分からないですね……」
訝しげにそう言葉を紡ぐメニアに、ネウスは考えるような素振りを見せた後、メニアに向かって話し掛ける。
「それなら、闇属性の魅了を掛けてやろうか?メニア自身の感情に何も変化が無ければ、問題無く自分に魔法が掛かってると分かんだろ?」
ネウスの言葉に、メニアはぎょっと瞳を見開くと慌ててぶんぶんと首を横に振ってその申し出を断る為に唇を開いた。
「──いえっ!ネウスさんに直接魔法を掛けて貰うのはちょっと……!ネウスさんの魔力はとても強いし、大きいのできっと私の魔法が負けちゃいます……!」
「精神干渉については魔力の強さやデカさは関係ねぇだろ?しっかりとメニアが魔法を発動出来ていれば問題無い筈だ」
ネウスはけろりとそう言葉を零すと、「掛けるぞ」と一言口にして、メニアの瞳をじっと見詰める。
ネウスから漂って来る魔力に、メニアは畏れを抱き、ぎゅうっと瞳を閉じた。
42
お気に入りに追加
3,399
あなたにおすすめの小説

こんなに遠くまできてしまいました
ナツ
恋愛
ツイてない人生を細々と送る主人公が、ある日突然異世界にトリップ。
親切な鳥人に拾われてほのぼのスローライフが始まった!と思いきや、こちらの世界もなかなかハードなようで……。
可愛いがってた少年が実は見た目通りの歳じゃなかったり、頼れる魔法使いが実は食えない嘘つきだったり、恋が成就したと思ったら死にかけたりするお話。
(以前小説家になろうで掲載していたものと同じお話です)
※完結まで毎日更新します
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。
誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】
グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。
「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。
リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。
気になる男性が現れたので。
そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。
命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。
できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。
リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。
しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――?
クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑)
いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!
他サイト様にも投稿しています。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる