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しおりを挟む御者の手を借りて馬車を降りたメニアは、お礼を告げると急いで自室へと向かう。
馬車の御者は、メニアとネウスが馬車に乗る時にネウスの姿をしっかりと確認しているのだ。
それなのに、今しがたメニアが馬車内に一人で居たにも関わらず何も疑問に感じていなかったように見えた。
これは確実にネウスが何かしらの魔法を使ったのだろう、と考えたメニアは使用人達がメニアの早い帰宅に驚いている内に急いで自室に向かい、自室の扉を勢い良く開いた。
「──ネウス様っ、馬車の御者に何か魔法を掛けましたか……っ」
メニアは入室して扉を閉じるなり窓の前に立っているネウスにそう問い掛ける。
メニアの勢いにきょとんと瞳を瞬かせたネウスは、メニアの言いたい事が分かったのだろう。
合点のいったような表情を浮かべると肯定するように頷いてから唇を開いた。
「──ああ。このままメニアの家で俺も降りたら不味いだろ。だから少し意識操作を、な」
「意識操作……」
ネウスの言葉を繰り返すようにして小さく呟いたメニアにネウスは「害あるもんじゃねぇ」と言葉を返すと、「それより」と言葉を続けた。
「それより、さっき通信して禁書の事を知らせといた。すぐに届ける、つってたから禁書が届いたら早速メニアは聖属性魔法を覚えろよ」
「えっ、ネウス様もう連絡して下さったんですか……!す、すみません。ありがとうございます」
メニアが部屋にやって来る間に、ネウスは先程話したこの国の禁書を自分の国から持ってくるように手配をしてくれたようだ。
離れた場所に居る人物と通信出来る魔法を使えるのは、この国では数人程しかいない。
通信の魔道具は高価な物である為、この国では手紙でのやり取りがもっぱら使用されている。
通信の魔法は膨大な魔力と繊細な魔力制御が必要な為、メニアはその魔法を使用することが出来る人物を初めて見た、と些か興奮したようにネウスに憧れの視線を向ける。
「さすが、魔の者を統べる王様ですね……!改めてネウス様が凄い人だったんだ、って認識し直しました……!」
「──待て。認識し直したってどう言う事だ。俺は最初からすげぇだろ」
「なんか、その……ネウス様の態度が……あっけらかんとしてるし、その……あれだったので」
メニアは視線を泳がせて誤魔化すように口篭る。
面白く無さそうに表情を歪めるネウスにメニアは苦笑する。
普段の態度からついつい軽口を叩いてしまいがちになってしまうが、ネウスは魔の者の王だったのだ、とメニアは思い出す。
歴史に残るネウスの性格は、残忍で冷酷。
自分の敵と見なした者には、恐ろしい程残酷な行動を取るが、その代わりに自分の懐に入れた者に対しては残虐な面など向けず穏やからしい。
そんな事が本当に有り得るのか、どうせ記録に残っているのは魔の王であるネウスに配慮した内容なのだろう、とメニアは信じていなかったが実際自分の目の前に居るネウスは、残虐性や残酷な面を見せる事なく、穏やかな様子が多い。
(……きっと、記録に残っているのは実際のネウス様に関わった事がない人達がネウス様を想像して記録に残したんだろうなぁ)
優しい人物、とは言い難いが想像していたよりもよっぽど人間らしい。
メニアがそんな事を考えていると、ふとネウスがメニアの部屋の窓に視線を向けた。
そして、そのまま窓に近付くと窓の鍵を開けて開け放つ。
突然のネウスのその行動に驚いてメニアが近付くと、ネウスはちらりとメニアを振り返って唇を開く。
「──禁書が来たぞ」
「……っ、禁書が来た、じゃなくってちゃんと俺の名前を呼んで下さいよ、まったく……」
ネウスの言葉のすぐ後に、若い男の声が聞こえてメニアはびくり、と体を震わせる。
先程までは窓の外に人影など無かったのに、いつの間にそこに来たのだろうか。
その男性は呆れたようにネウスに文句を言いながらメニアの自室へと足を踏み入れる。
メニアが驚いている事に気付いたのだろう、その男性はネウスに向かって「俺の説明してくれました?」と訝しげな表情を浮かべて聞いている。
「悪い、まだしてねぇ」
「ああもう……まったく……。えーっと、初めましてメニアさん。俺はマティアス。マティアス・アルハランド。母さんが魔の者で、父さんが人間の……ハーフ?って言うのかな。それです。まあ、父さんはもう数百年前には亡くなっちゃってるけど、今はネウス様が治める魔の者の国で騎士団長やってます」
にっこりと人好きしそうな笑顔を浮かべて、マティアスはメニアに挨拶をする。
丁寧な挨拶に、メニアも慌ててぺこりと頭を下げて挨拶をし返すと、目の前のマティアスは笑みを深めて宜しく、と朗らかに笑った。
そこで、メニアはマティアスの家名を聞いて再び驚きに瞳を見開く。
マティアスの名乗った家名、アルハランドはこの国にも未だ残っている貴族の家の名前で、爵位は確か侯爵家だ。
ミリアベルやノルト、ネウスがまだこの国に居た時にノルトが団長を務めていた王立魔道士団の副団長を務めていたカーティス・アルハランドが魔の者の女性と結婚した、と記録には残っていたがまさか彼がそのカーティスの息子なのだろうか。
メニアは、記録でしか見る事の無かった過去の偉人達がここ最近次々と自分の目の前に現れるその非日常的な出来事に頭がパンクしそうだ。
メニアが混乱しているのを気にせずに、マティアスは自分の手荷物から何冊か本を取り出すと、メニアの部屋のテーブルにドサドサと置いて行く。
「ネウス様に頼まれた、禁書です。ノルトさんに渡されたやつ全部でいいんですよね?」
「ああ。悪いな、助かった」
あっけらかんと会話をする二人に、メニアは自分の目の前に置かれた禁書「達」を目にして倒れそうになる。
「──禁書って、一冊じゃなかったんですか……!?」
「ああ。複数あるぞ」
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