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しおりを挟むある程度庭園から離れ、人気が無い温室の方へと歩いて行くと、背後からネウスに話し掛けられる。
「──メニア。この辺でいい。人が来たら気配で分かる」
「分かりました」
然程大きな声では無いのに、不思議とネウスの声は良く通り、メニアとネウスの間には少し距離があったにも関わらずメニアの耳にネウスの声がしっかりと届いた為、メニアは庭園から死角になりそうな場所に立ち止まる。
メニアの後を追ってきたネウスは、メニアの隣にある温室の扉に背中を預けると自分の懐に手を入れて先日持って帰ったメニアのブローチを取り出した。
指先でそのブローチを弄びながら、ネウスはゆったりと唇を開いた。
「このブローチ、うちの魔道具に詳しい奴に見せたんだが魔力増幅以外の魔法は掛かってなかったみたいだ。メニア自身に危険が及ぶ魔法は掛かって無かった」
「本当ですか、良かったです……!それで……先日ネウス様が言っていた闇の魔力の残滓は何か分かりましたか?」
ネウスからブローチを手渡され、メニアは慌てて手のひらを差し出すと、その上にブローチをぽん、と乗せられる。
ブローチの宝石部分は先日ネウスが破壊したので残ってはいないが、セリウスからブローチの事を聞かれた際に壊れてしまった、と説明する為に手元に置いておいた方がいいだろう、と思いメニアはネウスから返されたブローチを仕舞う。
「魔力残滓だがなぁ……それが闇属性の魔力が微量にしか残って無くて上手く対象を辿れなかったみたいなんだよな……」
「そうなんですね……それだと、セリウス様──私の婚約者に手を貸しているかもしれない魔の者の正体は分からず仕舞いですか……」
メニアが自分の顎先に指をあてて、うーんと考えていると扉に背中を預けていたネウスがひょい、とメニアの顔を覗き込むように顔を寄せて来る。
「メニアの婚約者……そいつがうちの種族の者とやり取りしているのは確実ではあるんだよな。……メニアの婚約者に接触する所を押さえるにはメニアと行動を共にした方がいいかもしんねぇな……」
ネウスはそこで一度言葉を切るとちらり、とメニアに視線を合わせてから「いいか?」と口にする。
確かに、ネウスの言う通りセリウスが魔の者と接触しているのを掴む為にはメニアの側にいた方がいいのは確かだ。
そうすれば、もしセリウスが魔の者と接触したら相手の魔力をネウスは追うことが出来るだろう。
けれど、とメニアは考える。
「──でも、ネウス様がこの国に滞在していると言う事が分かれば、ネウス様を国賓として国が対応しなければいけなくなると思いますけど……そうするとネウス様が自由に動けなくなってしまいませんか?」
メニアの言葉にネウスは瞳を瞬かせると、その後面倒臭そうに眉を顰める。
「──いや、今のこの国は俺の顔を知らないから下手に接触はしたくねえ。大事にすると相手にも気取られるしな」
「ですが……ネウス様程の方が……」
「いや、いい。堅苦しいのは嫌いだし自由に動き回れなくなりそうだろ?メニアが黙っとけば問題無い」
きっぱりとそう口にして、首を横に振るネウスにメニアは眉を下げる。
魔の者の王であるネウスを、国を上げて迎え入れずぞんざいに扱ってもいいのだろうか、と悩んでいるとネウスがぴくり、と眉を跳ねさせてメニアの後方に視線を向けた。
ネウスのその様子に、メニアが話しかけようとした瞬間、メニアの背後から聞き慣れた女性の声が聞こえて来た。
「──メニア?そんな所でどうしたの……?」
「……っ、シャロン様?」
見つかってしまった、とメニアが肩を跳ねさせて振り返ると、その場には不思議そうな表情を浮かべたシャロンが一人で佇んでいた。
メニアの戻りが遅い為、探しに来てしまったのだろうか。
メニアは自分の隣に居るネウスをどう説明しよう、と焦っている内にシャロンはメニアの隣に人が居る事に気付き、僅かに瞳を見開いた。
「あら、?メニア一人では無かったみたいね?お知り合いかしら?」
朗らかな声を上げ、シャロンが距離を縮めて来る。
婚約者以外の異性と二人きりで居る所を、よりにもよってシャロンに見られてしまった、とメニアは焦る。
やましい事など実際は何も無いのだが、後ろめたいような気持ちになるのは何故なのだろうか。
メニアがネウスの事をどう誤魔化そう、と思案していると、ネウスの顔を見たシャロンが顔色を変えた。
「──あら……このような素敵な方、今日のお茶会に参加していたかしら?……初めまして、私シャロン・タナヒルと申しますわ。タナヒル侯爵家の者です。貴方様のお名前を伺っても?」
僅かに頬を染めて甘ったるい声でネウスに話し掛けるシャロンに、メニアは不快感に表情を歪める。
先程、庭園ではネウスの存在に誰も気付いて居なかったのに何故今はネウスを認識してしまっているのだろうか。
それに、シャロンの甘ったるい声音も不快だ。
メニアがそんな事を考えていると、メニアの隣に居たネウスがメニアの疑問に答えるように、メニアにだけ聞こえる位の声量で呟く。
「──先程までは存在を希薄にする魔法を使用していたが、一度"人が居る"と言う事を認識しちまうとこの魔法は意味を成さない……。悪いな、油断した」
あっけらかんと悪びれなく言葉を紡ぐネウスに、メニアは呆れたような表情を浮かべてしまう。
油断した、何て言っているがネウスは敢えてシャロンに見つかったのではないだろうか、と考えてしまう。
セリウスと共に居る事が多いシャロンと接触を持てば、セリウスに協力している魔の者を探りやすくなるとでも考えているのかもしれない。
目の前に居るシャロンは、メニアを通り過ぎネウスをじっと見詰めながらネウスの返答を瞳をキラキラと輝かせて待っている。
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