30 / 155
30
しおりを挟む──リュドミラ侯爵家主催のお茶会の当日。
メニアは、ハピュナー子爵邸から共に馬車に乗ってきた両親と侯爵邸の門前で馬車から降りて、暫し唖然と目の前の光景を眺める。
(──どこが、ちょっとしたお茶会……!)
メニアと、メニアの両親三人は自分達が何処か場違いな場所に来てしまったような心地に陥る。
周囲を見遣れば、明らかに自分達よりも爵位が上の家の者達が豪華で、可憐なドレスやコートを身に纏い朗らかに談笑している様子がそこらかしこで見受けられる。
恐らく、この場に呼ばれているのは少なくとも伯爵家以上の家の者達だけで、メニアのハピュナー子爵家が最も爵位が下の招待客である事がその場の雰囲気からひしひしと感じられる。
「──メニア!」
メニア達三人が呆気に取られていると、既にこの邸の庭園に案内されていたのだろう。
聞き慣れたセリウスの声が少し離れた場所から聞こえて来て、メニアはセリウスの声が聞こえた方へ視線を向ける。
「……セリウス様、こんにちわ」
「ああ、直ぐに合流出来て良かったよ。ハピュナー子爵、子爵夫人こんにちわ」
セリウスはキラキラとした煌びやかな笑顔をその顔に浮かべて片手を上げてメニア達親子に声を掛けて近寄って来る。
セリウスの隣には見慣れたシャロンの姿があり、メニアはその事に心の中で苦笑する。
本当に、自分は魅了と信用と言う魔法に掛けられていたのだな、と再認識する。
ネウスのお陰で今、自分の目の前に婚約者である自分を差し置いて、他の女性が婚約者に寄り添い親しそうにしている事の何と異様な事か。
今まではその異様さ異質さに気付いていなかったが、精神干渉の魔法を解呪されてからは「おかしい」と言う事が分かる。
「この数日間、メニアと学院で余り一緒に居られなくて残念だったよ。もう優先しなくてはいけない課題は終わったの?次からはまた一緒に過ごせるようになるのかな?」
「──そうですね、課題にミスが無ければ……」
キラキラと心から嬉しそうに笑みを見せるセリウスにメニアも笑顔で答える。
セリウスの隣でシャロンも寂しかったわ、等と口にしていて、その異様さにメニアは怪訝そうな表情が表に出てしまわないように必死に笑顔で隠す。
まるでシャロン自身がセリウスの婚約者のようにすぐ隣にぴたり、と寄り添いメニアの目の前でセリウスの腕にシャロンは自分の手を添えている。
いくら気心が知れた友人だと言っても、その距離感は些かおかしい。
だが。
メニアはチラリと視線を自分の両親の方へと移動させて様子を伺う。
自分の娘の婚約者が、他の女性を隣に置き親しくしているのに両親は不快な表情を一切見せる事無く、「昔から本当に仲が宜しいですね」と朗らかに笑っている。
(お父様も、お母様も……いつから……)
メニアは無意識の内に自分の唇をきゅう、と噛み締めるとそっと視線を下に落とす。
自分に魅了と信用の魔法が掛けられていたのだ。
そうすれば、必然的にどちらかの邸で会う事の多かったメニアとセリウスはお互いの両親とも親交があった。
メニアの身支度が終わるまで、セリウスの相手をしていたのは自分の両親だ。
それを、婚約当初から長年の間続けて来てしまっていた。
魅了は掛けられていないにしても、信用の魔法は長年両親にも掛けられ続けていたのだろう。
両親は、セリウスとシャロンの距離の近さになど何も違和感を感じておらず、まるで当たり前の事のように受け入れている。
例え、両家以外の周囲が首を捻ったとしても、両家が納得しているのであれば周囲は口を挟まない。
時々、セリウスはメニアの婚約者では無く、シャロンの婚約者だと勘違いしている者も居る程だ。
(それ程までに、セリウス様とシャロン様の距離は近い……けれど、お父様とお母様がこの状態であれば私から婚約解消を申し出ても素直に受け入れてはくれなさそうね……)
メニアが困った事になったわ、と考えているとこのお茶会の主催であるリュドミラ侯爵当人が姿を表したようで、周囲がざわりとざわめく。
「──皆さん、本日はお越しいただきありがとう。こじんまりとしたお茶会ではあるが、楽しんで行ってくれ」
魔道士団の団長、と言うだけありとても威厳のある佇まいにメニアは知らず知らず喉を鳴らす。
(あの方がハピュナー子爵家を、招待して下さったのね)
周囲の招待客から次々に話し掛けられ、笑顔で対応しているハーランド・リュドミラを見詰める。
夫人を隣に連れて朗らかな笑顔でそれぞれの言葉に丁寧に挨拶を返している姿につい見詰めてしまっていると、不意に顔を上げたハーランドとメニアの視線がぱちりと合ってしまった。
ハーランドは隣の夫人に一言、二言何か言葉を掛けるとメニア達がいる方向へと体の向きを変えて大股で歩き、近付いて来た。
主催者が自ら他の人間との会話を切り上げ、こちらに来てしまう、と焦ったメニアは自分達から挨拶に行こうと両親に視線を向けるが、両親はセリウスとシャロンと和やかに会話を続けていてハーランドの接近に気付いていない。
(子爵家の当主としてそれは駄目だわお父様……!)
侯爵家の当主が挨拶の為、自ら歩いて近付いて来ている事にメニアは顔色を真っ青にすると、慌てて父親のコートの裾を小さく引っ張る。
「──……、ん?何だいメニア」
メニアの行動に、やっとこちらを見た父親の視界にもハーランド侯爵の姿が映ったのだろう。
父親も慌てふためいている。
慌てている間にハーランドはメニア達の目の前までやってくると、ハーランドはしっかりとメニアに視線を向けて良く通る声でしっかりと言葉を紡いだ。
「メニア・ハピュナー子爵令嬢だね。創星祭の時は素晴らしい治癒魔法をありがとう。陛下もとても感謝しておられた。今日はあの日のお礼を言いたくてお茶会を開いたのだ。招待に応じてくれてありがとう」
ハーランドの言葉に、周囲がざわめいた。
53
お気に入りに追加
3,399
あなたにおすすめの小説

こんなに遠くまできてしまいました
ナツ
恋愛
ツイてない人生を細々と送る主人公が、ある日突然異世界にトリップ。
親切な鳥人に拾われてほのぼのスローライフが始まった!と思いきや、こちらの世界もなかなかハードなようで……。
可愛いがってた少年が実は見た目通りの歳じゃなかったり、頼れる魔法使いが実は食えない嘘つきだったり、恋が成就したと思ったら死にかけたりするお話。
(以前小説家になろうで掲載していたものと同じお話です)
※完結まで毎日更新します
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。
誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】
グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。
「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。
リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。
気になる男性が現れたので。
そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。
命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。
できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。
リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。
しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――?
クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑)
いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!
他サイト様にも投稿しています。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる