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しおりを挟む「──は、??」
「メニアお嬢様!」
ネウスの声が聞こえて、メニアが小さく声を零したのと同時。
広場の入口の方向からメニアの名前を呼ぶ声が聞こえて、視界の先で誰かがメニアに向かって走り寄って来るのが見える。
(待って、何?ネウス様は今何を……、下僕、が操られてた……?)
──何故その事を今言うのか。
先程、ネウスはなんの事を自分の下僕、と称していただろうか。
その下僕、とは先程ネウスが自身の手で処理をした魔獣の事だろうか。
(魔獣が、操られていた……?)
何の為に。
メニアの頭が真っ白になり、その場で立ち止まってしまった事で、ハピュナー子爵家の御者であるオーベルが更に慌てたような表情を浮かべ、メニアに駆け寄って来る。
「お嬢様……っ、良かった、ご無事で……!お迎えに上がったら何処にもお姿が無かったので、心配致しました……!」
「……ご、ごめんなさいオーベル……少し、具合が悪くて人が居ない場所で休んでいたの……」
「セリウス様から今日のお話は聞き及んでおります……。先程、邸にお嬢様のお姿が見えない為、知らせを送ってしまいました……もしかしたら今頃騒ぎになっているやもしれません……」
しゅん、と申し訳なさそうに肩を落としてそう言葉を述べるオーベルに、メニアはふるふると首を横に振って謝罪する。
「いいえ。私が誰にも告げずにその場を離れてしまったのが悪いのよ。寧ろ邸に連絡を入れてくれてありがとう、オーベル」
「いえ!とんでもございません……!」
オーベルはメニアが掴まれるように自分の腕をメニアに向けて差し出すと、メニアはオーベルの気遣いに心の中で感謝してそっと自分の手のひらを乗せる。
迎えに来たら、当人がその場に居なかったのだ。
御者のオーベルも、真っ青になって周辺を探してくれただろう。
メニアは心の中でオーベルに向かって再度謝罪をすると止めてある馬車へとゆっくり歩いて行った。
メニアが馬車に乗り込んで、邸に戻ってくるとオーベルが話していた通り、ハピュナー子爵家はちょっとした騒ぎになっていた。
「メニア!無事だったか……!」
「魔獣に襲われた、と聞いたわ……!無事で良かった!」
メニアが邸に入るなり、玄関で忙しなく各所に連絡をしていたメニアの父親と母親がメニアに駆け寄り、そのままの勢いでメニアを抱き締めて来る。
「も、申し訳ございません。お父様、お母様。具合が悪くなり、少し人気の無い場所で休んでおりました……」
「具合が?それは大変だ。医者を呼ぼうか?」
「恐ろしい体験をしたのだもの。当然だわ。怪我は無い?」
「ありがとうございます。もう充分休みましたので、大丈夫です。お医者様も大丈夫です、お父様」
両親の暖かい言葉に、メニアはついつい笑顔になってしまう。
心配を掛けてしまって申し訳ない気持ちは多大にあるが、怪我の心配や、体調の心配をしてくれる両親に何だか心の中が擽ったく感じる。
メニアがふわふわとした温かさを感じていると、邸の中、玄関ホールの奥から誰かが近付く足音と、この場には聞こえて来ない筈の声が聞こえて来た。
「──メニア!良かった、無事だったんだね」
安堵したような表情を浮かべ、早足でメニア達に近付いて来る男は、先程噴水広場で別れた筈の男で。
シャロンを送る、と言っていたからもう今日は顔を合わせる事が無いと思っていた。
メニアは目の前に現れたセリウスに、何故ここに居るのか、と驚きセリウスの名前を呟いた。
「セリウス様、どうしてここに……」
「メニアが心配だったから、シャロンを送った後にハピュナー子爵家にお邪魔させて貰ったんだ。そうしたら、まだメニアが戻って来て無いって言うから……!これから外に探しに行く予定だったんだけど、メニアが無事に戻って来てくれて良かったよ」
両親の手前だからだろうか。
セリウスはとても心配した、と言うような表情を浮かべ近寄って来ると驚きに目を見開いたメニアをそのまま優しく抱き締める。
ネウスに魅了と信用の魔法を跡形も無く解呪してもらったからだろうか。
今までであれば、セリウスの顔を見れば微かに高鳴っていた胸も、抱き締められて弾んでいた自分の心臓も今は静かで、まるで静まり返った水面のようにさざ波ひとつ起きない程静まり返っている。
「あり、がとうございます……ご心配をお掛けしてしまって申し訳ございませんセリウス様」
自分の心境の変化に、ここまでセリウスに全くときめかない自分にメニアは愕然とする。
分かってはいた。
分かってはいたのだ。
自分に魅了と信用の魔法を掛けていたのは誰かなんて、殆ど分かっていたのだ。
そんな事をして得をするのは婚約者であるセリウスだけだと言う事は分かっていた。
だが、それを目の当たりにしてしまい、気持ちが一つも揺れ動かない現状に、メニアは頭が真っ白になってしまう。
そもそも、何故魅了と信用の魔法など使用したのだろうか。
婚約者なのに、何故そんな事をしたのだろうか。
セリウスは、メニアを自分に縛り付けて何をするつもりだったのだろうか。
メニアは、無意識に自分の胸元に手をやってしまう。
その時指先がカツン、と何かに触れて、その「何か」がブローチだと言う事に気付いてひゅっと息を飲む。
魔獣によって、怪我を負った人達を治す為に治癒魔法を発動した。
そうしたら、メニアの魔力を底上げするようにブローチが熱くなり、そして今まで使用した事などないのに広範囲の治癒魔法が発動した。
その光景に、周囲の人々はメニアを「聖女様」と称えていた。
聖女、を作ろうとしたのだろうか。
自分の手足となって、自由に動かす事が出来る聖女を。
そして、それは何の為に。
「──メニア?メニア、顔色が真っ青だ……!やっぱり具合が悪いんだね。直ぐに休んだ方がいい」
メニアの顔色を見て、セリウスはぎょっとしたように瞳を見開くと心配そうにメニアの頬に手をやり労わるように優しく撫でて来る。
怖気が背中に走るが、ここでセリウスの手を振り払う事は出来ない。
メニアはセリウスの言葉に申し訳なさそうに微笑んだ。
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