【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船

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興味深そうに観察してくるその紅い瞳からメニアはそっと視線を逸らして、何故自分に魅了と信用等が掛けられているのか、と困惑する。

しかも、男が言うには「重ねがけ」をされているようだ。

「──あの……」
「ん?」

メニアは恐る恐る目の前の男に視線を戻すと、ゆっくりと話し掛ける。

先程まではパニックに陥っていた為、それ程気にはならなかったし、後回しにしてしまっていたが、目の前の男からはとてつもなく大きな力を感じる。
そして、先程の噴水広場で魔獣を消し去ってくれたのも、この目の前の男なのだろう。

恐らく、友好関係を結んでいるこの国で暴れてしまった魔獣を処理してくれたのだろうが、結果的にこの男に助けられたのは確かだ。
助けられたのならば、お礼を告げないと、と思いメニアが男に話しかければ、存外男からは優しげな声が返って来る。

「先程、噴水広場で発生した魔獣を、処理して下さったのは貴方ですよね……?あの魔獣達に襲われてしまう所だったんです、ありがとうございました」

ぺこり、と頭を下げるメニアに一瞬男はキョトンと瞳を見開いたが、楽しげに笑い声を上げると「気にすんな」とメニアの頭をポンポンと叩いた。

「こっちこそ、俺の下僕共が暴れて人間に危害を加えたからな……あんたが魔獣に負わされた怪我を治してくれたから、直ぐにこっちと戦争だ何だってならずに済みそうだ」
「いえ、……」

(俺の、下僕……?)

メニアは男から返って来た言葉にひやり、と嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
魔獣を下僕と呼び、あっさりと魔獣達を消し去る程の強大な力を持ったこの男は何者なのか、と今度は緊張で自分の心臓が激しく脈打ち始める。

男はもう一度メニアの腕を掴むと、建物の影へと再度誘導し始める。

「俺は精神干渉の魔法を完全に解呪出来る程の魔法は使えないからな……ミリアベルから貰った魔石を砕いて聖属性魔法を発動する。ミリアベルの魔法は魔力が強ぇから発動するとかなりの輝きを放つから建物の影に入った方がいい」
「──えっ、ちょ、待って下さい……っ、ミリアベル様って……っ」

その名前は、四、五百年程前にこの国に存在していた聖寺院の創設者であり、歴代の聖属性魔法の中でも一番力を持った女性の名前では無いだろうか。

そんな偉大な方の魔力が籠った魔石を事も無げに砕いて発動する、等と言い退けるこの目の前の魔の者は──……。
そう考えて、思い当たる人物の名前に、メニアは顔色を真っ白にさせる。

(いえ……っ、ある筈が無いわ……っそんな、そんな事が……っ)

メニアがあわあわと慌てている内に、その男は建物の影にメニアを引きずり込むと自分の耳に付いていた細長い棒状のイヤリングを外して、三本の内一本を手に取ると躊躇いもなく指先でパキン、と割った。

瞬間。

その割れた紅い魔石、だろうか。
その魔石のイヤリングから真白く清廉な光がぱっ、と漏れ出て、一瞬の内に辺り一体を膨大な輝きが覆った。

無意識の内にメニアは目を閉じていたらしく、光が収まった頃、恐る恐る瞳を開くと、自分と男の周辺にキラキラと真っ白い光の粒のような魔力残滓が残っており、数秒間その魔力残滓が輝き続けた後、跡形も無く消え去った。

「──ん、精神干渉の魔法は綺麗に解呪されたみてぇだな?」

男の声にはっとしてメニアが男を見上げると、男は懐かしそうな、何処か寂しそうな感情を瞳に乗せていた。

周囲を真っ白い光が覆った為、人気の少ないこの場所でも騒ぎになりそうな雰囲気がある。
人達がこの場所に近付いているような気配を感じ取って、メニアが慌てていると男がメニアの腕を再度掴んで転移の魔法を使おうとしている。

「──……あの……、えっと……!」
「ん……、?ああ、名前か?ネウスと呼べ」

メニアが聞きたい事が分かったのだろうか。
男は一瞬考え込むような素振りを見せたが、直ぐに自分の名前を告げると再度メニアと共に転移の魔法を発動した。



メニアは、男の名前を聞いた瞬間、意識を失ってしまいたい衝動に駆られた。

ネウス、とは魔の者を統べる、魔の者の王と同じ名前だ。











再度、一瞬の浮遊感の後自分の足先が地面に触れた事にメニアは安心感から、その場にへたり込んでしまいそうになった。

「──ん、?大丈夫か?」
「ひぇ……っ、だ、大丈夫です……っ」

だが、メニアが地面にへたり込む寸前、目の前の男──ネウスが、メニアの腰を抱いて支えてくれたお陰でその場に座り込むのを防いでくれた。

必死にお礼を告げて、腰から手を離して貰った事に安心したメニアは、周囲を見回す。

「あれ、ここって……」

そこは、見慣れた王都の噴水広場の奥にある森林内だった。
木々が鬱蒼と生え、日も暮れて来た今は外からこの森林の内部はあまり見えないだろう。

突然人が転移して来たら周囲の人間が驚き、騒ぎになってしまう。
その事に配慮してくれたのだろうか。

メニアはネウスに向き直ると、ガバリと勢い良く頭を下げた。

「──ネウス様、色々とお助け下さってありがとうございました……っ」

目の前の男、魔の者の王であるネウスは、普通であれば一生目にかかる事が出来ない程の人物だ。
今は他国にある魔力が豊富な土地に、自分達魔の者の種族と共に暮らしている、と聞いていたが何故この国にいるのか、と考えそして理解した。

創星祭、だ。
一年に一度のこの創星祭は元々聖寺院の設立を祝って行われ始めた祭だと聞く。

そして、聖寺院は先程ネウスが口にしたミリアベルと言う女性が設立したのだ。
彼女と、彼女の旦那であるノルト・スティシアーノとネウスの三人はとても仲が良く、ミリアベルとノルトが亡くなるまでこの国で友人のように接し、仲良く暮らしていたらしい。
ミリアベルとノルトが亡くなってしまってからネウスは魔の者達の土地に戻って行ったと歴史には記されているが、一年に一度のこの祭の時にはもしかしたら毎年こっそりとこの国に来ていたのかもしれない。

それ程、三人の仲は固い絆で結ばれていたのだろう。
先にこの世を去ってしまった二人を、ネウスはどんな気持ちで見送ったのだろうか。

そう考えると、メニアは何だか何とも言えない感情が自分の胸に満ちて来るのを感じる。



ネウスは、自分の目の前で深々と頭を下げるメニアの頭に自分の手を乗せると、乱暴にぐしゃぐしゃと頭を撫でて笑った。

「俺が首を突っ込んだんだ、気にする事はねぇよ」
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