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しおりを挟むすぐ隣からからかうような、愉しげな低い声が聞こえて、メニアはビクリと体を震わした。
セリウス達とは少し前に別れている。
その為、メニア自身に話し掛ける人など居ない筈なのにその声がすぐ隣から聞こえて来て、メニアはいつの間に自分のすぐ隣に人が来たのだろう、と驚いた。
近付く足音も、気配も何も感じなかったのだ。
突然その声の主がその場に現れたような感覚。
勿論メニアにはその声の主に心当たりなど微塵も無く、恐る恐る隣に目をやった。
「──、?」
だが、メニアが隣に視線をやってもそこには誰かの胸元しか見えない。
どうやら声の主はかなり背が高い男性のようだ。
改めてメニアがつぃっと視線を上向かせ、相手の顔を確認しようとして声の主の顔を視界に入れた瞬間、メニアはひゅっ、と息を飲み込んだ。
真っ黒で夜の闇を思わせるような艶々とした髪の毛を持ち、その瞳は紅く煌めきを持って、愉しそうに三日月のように歪められている。
すっと通った高い鼻筋に薄い唇。
メニアはここまで顔の造形が整った人間を見た事が無く、その美しさに畏怖さえ感じられる程だ。
「──、貴方は……っ」
美しさが、怖い。
そのような心地になってしまいメニアはじり、と無意識の内にその男から距離を取ろうと一歩後ずさる。
真っ直ぐ前を向いていた男が、ふいにメニアを視界に入れた。
口元はにんまりと笑みの形を取っていて、その瞳に捕らわれると自分がまるで捕食者に睨まれた、何の力も持たないただの被食者になったような心地になってしまう。
そして、メニアは「ああ、そうか」とストンと納得してしまう。
先程、魔獣を滅ぼした者と、この隣に居る人物は同一なのだ、と。
そして自然とその言葉が自分の唇からするりと零れ落ちる。
「──魔の者、?」
メニアの小さく囁くような声に、男は肯定するように笑みを深くした。
「場所を移すぞ」と男がぽつりと呟いた後、メニアは自身が男の魔力に包まれた事に気付いた。
そして、気付いたその一瞬後には男の転移魔法で噴水広場から離れた場所に転移して来てしまったらしい。
男の耳元で揺れる紅いイヤリングがチャラリ、と鳴った事で、メニアはハッとするとぐるり、と男に向き直る。
「何故、私をこの場所に……!?元の場所に戻して頂けませんか……っ」
連れ去られて何をされるのだろうか。
魔の者であるこの男は、先程現れた魔獣達の仲間でもある。
この国と、魔の者は友好関係を結んでいるのでは無かったのか、とメニアは焦燥感に駆られる。
だが、メニアをこの場に連れて来た男はそのメニアの言葉を聞いているのかいないのか気にもとめず、メニアの腕を掴んでスタスタと歩き出してしまった。
「──建物の影に入るぞ」
「……っ、離して、ください……っ」
建物の影に入って何をするつもりなのか。
先程の魔獣がこの先に待ち構えているのだろうか。
自分の肉を、その魔獣に喰らわせるつもりなのだろうか。
メニアは泣きそうになりながら「人間の肉など食べても美味しくないです……っ」と涙混じりの声を上げてしまう。
すると、メニアを引っ張り黙って歩いていた男がピタリ、と足を止めて声を出して笑い出した。
「──はっ、悪い……っ、食う訳ねぇだろ……!魔獣達も肉も付いてねぇ貧相な体なんか食っても腹の足しにもならねぇよ!」
くつくつと喉を震わせて笑い声を上げる男に、メニアはギっ、と視線を鋭くして睨み付けると掴まれた腕を滅茶苦茶に動かして離して貰おうと試みる。
「──じゃあっ何のつもりですか……っ!食べないなら何で場所を……っ」
「……ここで解呪したら光が漏れんだろーが。それでもいいのか?」
メニアの言葉にちらり、と肩越しに振り返って男が口にした言葉に、メニアはパチクリと瞳を瞬かせた。
解呪、と目の前の男はそう言っただろうか。
「……は、?へ?解呪……?」
状況が掴めないメニアが呆けたようにその言葉を繰り返すと、目の前の男は「呆れた」と言葉を零して、振り向くとメニアに向き直った。
「気付いてなかったのか?あんた、"魅了"と"信用"の魔法の重ねがけを受けてんぞ。まあ、それもあんたの聖属性の魔力で無意識に軽減化させてるみてぇだが、……完全な解呪には至っていない」
良くぞここまで根深く掛けられたもんだ、と男が関心したように呟いている。
だが、メニアはその男が言葉にした魅了と信用と言う魔法に全く心当たりが無く、困惑してしまう。
魅了、と信用?
その魔法は何なのだろうか。
それが、その二つが自分に重ねがけをされていた、とはどう言う事なのだろうか。
嫌な予感に、メニアは自分の心臓がバクバクとけたたましい音を立てるのを感じる。
何故、今までセリウスが好きで好きで堪らなかったのにあの場面を見ただけで夢から醒めたような心地に至ったのだろうか。
何故、セリウスの「好きだ」と言う言葉に幸せでは無く、違和感を覚えたのだろうか。
しかも、ここ最近突然に。
突然顔色を悪くしたメニアに、目の前の男も「心当たりがあるのか」と呟くと続けて言葉を紡ぐ。
「──あんたの聖属性の魔力のお陰で完全に魅了と信用には掛かってなかったみたいだな。元々聖属性魔法には精神干渉の魔法を弾く効果がある……それで完全に洗脳状態にはならなかったんだろ。切っ掛けがあれば直ぐに違和感を感じて、魅了と信用に抗う力がある」
じぃっ、とその男はメニアの姿を見詰めて関心したようにそう言葉にする。
「──こんな聖属性の魔力を持った人間は久しぶりだな……まあ、俺もここまで近づかなけりゃ気付かなかったが」
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