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しおりを挟む「──えっ!」
アーヴィング様の言葉に驚き、私がアーヴィング様の方へと振り向けばアーヴィング様は目元を赤く染めながら「何故だ」と繰り返している。
「うん……、? おかしいねぇ」
魔女はアーヴィング様の胸元にひたり、と再び手を触れさせた後記憶を司る脳のある頭上へと訝し気に視線を向ける。
「あの馬鹿女の魔力を抽出しちまえば記憶も戻る筈なのだが……」
魔女は、何かを探るようにアーヴィング様の胸元に手を当てたまま目を閉じ、何事かぶつぶつと呟いている。
そして、どれくらいそうしていただろうか。
魔女はぱちり、と目を開けると「分かったよ」と明るい声を出した。
「今日は、この薬を飲んでから眠りなさいな。忘却の魔法が胸──心臓に巣食っていた馬鹿女の魔力は、血液に乗って身体中に流れちまったんだね……。その為に記憶を司る脳にまで結構な量の魔力が絡み付いちまってるよ。だから、この薬を飲めば寝ている間にその魔力を全て吸収して消し去ってくれるよ」
「──っ、それを飲めばっ! 朝起きた時にはベルの事を思い出しているだろうか!?」
「ああ。問題無いよ。あの馬鹿女に魔法を教えたのは私だからね。私には朝飯前さ」
自信満々に頷く青の魔女の言葉に、私とアーヴィング様は笑顔を浮かべ、抱き締め合うと魔女にお礼を告げる。
「ありがとうございますっ! 本当に、ありがとうございます青の魔女さん……っ!」
「恩に着る……! 青の魔女殿には感謝してもし切れないっ! 私で出来る事であれば、いくらでもお礼はしよう!」
私達の喜びように、魔女も嬉しそうにくしゃり、と目尻に沢山皺を刻みながらにっこりと笑顔になった。
そうして、私達への効果の解除が終わった後。
部屋の外に退出して頂いていたジョマル様や、気絶したままのイアン様、そして街の警備隊の方々に室内に戻って頂き今後の事を話し合う。
先程、魔女が言っていた私達から抽出した魔力は私達が保管してもどうする事も出来ない為、魔女に処理をお願いした。
ジョマル様はちょっぴり残念そうにその魔力に名残惜しそうに視線を向けていたけれど。
そうして一息ついた魔女は、未だに気絶していたイアン様に視線を向けるとイアン様を起こす為に頬を強く叩いた。
バシン! と痛そうな音が響き、私が思わず「痛そう」と思いイアン様から目を逸らすとアーヴィング様の背に隠される。
「──ベル。イアンの目が覚めたら君に何をするか分からない。決してイアンの近くには行かないように」
「分かりましたわ、アーヴィング様」
イアン様は、両手両足をきつく拘束されており両隣には街の警備隊がぴったりと付いている為、暴れたり、私に何かをしてきたり、といった心配は無さそうではあるが追い詰められたイアン様が苦し紛れに何かをする可能性だってある。
だからこそ、私はアーヴィング様の背からそっと覗き込むようにしてイアン様に視線を向けた。
叩かれ、起こされたイアン様は文句を言いながら体を動かそうとして、そしてご自分の体が拘束されている事に気が付かれたのだろう。
「──痛ぇ……っ、……!? 何だこれは……!? おいっ、誰がこんな事を……っ」
「俺が命じたんだよ、イアン……」
イアン様の喚き声に、アーヴィング様はそれはもう恐ろしい程低い声音でイアン様へと言葉を発した。
「アーヴィング……、? くそっ、お前が俺を拘束したのか……っ!? 解け、縄を解けよ……っ!」
「解く訳が無いだろう……! お前がベルにした行為も、全て露見しているんだぞ!」
「──……へぇ」
アーヴィング様の怒声に、イアン様はにたりと嫌な笑みを浮かべると私の姿を探しているのだろうか。
室内を見回すような仕草をして、アーヴィング様の後ろに隠れている私を見付けたのだろう。
気色の悪い、甘ったるい声音で私の名前を口にした。
「ベル……、迎えに来たよベル。俺と一緒に俺の邸に行こう。アーヴィングだって、全て知ったんだろう? ベルは、俺の事を愛している。そうなるように俺が、した……。今は感情が植え付けられているかもしれないが、一緒に過ごす時間が長くなればなる程、ベルの俺への気持ちや感情は本物になるんだ……!」
「──最低な人間だな……っ」
イアン様はうっとりと何処か熱に魘されたような潤んだ瞳で虚空を見上げると、ぎょろっとしたその瞳を私へと向けてくる。
「俺、が……! 最初にベルを見付けた……! それなのに、お前が急に横からベルをかっさらったんだろう! 最初にベルを見付けた俺の物になるのは当然の事だ……!」
「ベルを好いていたならば、最初から……俺より早くベルに声を掛けていれば良かったんだ……。それを、後からベルに気があったなどと言われて……っ、しかも……ベルの気持ちをまるで無視したようなこの仕打ちは到底許される行為では無い……!」
「そんな事俺が知るか……! 借金まみれなベルをそのまま妻にするなど出来る訳が無いだろう……! だからこそ、俺はベルの家が借金を返したら……っ、赤字経営が黒字に回復したら、と目を付けていたのに……!」
「──なんだ、その理由は……」
アーヴィング様は、イアン様の身勝手な言葉に呆れたように呟く。
アーヴィング様は、私の家が借金に苦しんでいた時、奔走して下さり、我が伯爵家の借金問題を解決して下さった。
アーヴィング様の侯爵家で借金を肩代わりしたりしては、私が負い目を感じるだろうから、と返済に向けて父と共同事業を興したり、領地経営の見直しに専門家を入れて下さったり、と沢山手を貸して下さったのだ。
そうして、憂いを全て絶ちアーヴィング様は私にプロポーズしてくれたのに。
それなのに、イアン様は自分勝手な事を口にして、一緒になる努力をしようともせずにいたくせに、とふつふつと怒りが湧いて来てしまう。
「──ベルっ! ベル、もういいだろう……!? 早く俺の手を取ってくれ……!」
イアン様から私の名前を呼ばれる度に、ぞわっと背中に寒気が走る。
私は、嫌な気持ちをそのままに、イアン様に向かって唇を開いた。
「これ以上、私の名前を呼ばないで下さい……! 貴方に呼ばれる度にとても不快な気分になります!」
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