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しおりを挟む俺に背を向けて眠ってしまったベル嬢──いや、ベルに何とも言えない悲しさが込み上げてくる。
必死に俺から距離を取り、下手をすればベッドから落ちてしまうんでは無いか、と心配してしまう程端に寄って体を縮こませている。
何故だかベルのその小さな背中を見詰めていると、無性にその背中に手を伸ばしたい気持ちに駆られるが、未だに俺の心の中にはルシアナが居る。
ルシアナに触れたいとも、触れられれば嫌な感情が込み上げて来るのに、「俺はルシアナを愛していなければいけない」と言うような強制的な、命令されているような不可思議な感情に頭が混乱してしまう。
ベルが、もし俺と同じような気持ちを味わっていたら。
イアンに対して、俺と同じように「イアンを愛している」と言うような感情がベルの胸にあったら、と考えると無性に泣きたくなる。
大声で何かを叫びたくなるような、無性に胸を掻き毟りたくなるような衝動が湧き起こる。
けれど、そのような身勝手な考えをベルに悟られも、気付かれてもいけない。
ベルとの事を一切思い出していない俺は、ベルに対して手を伸ばす事など出来やしない。
ベルと共にいる時だけはルシアナの事を忘れる事が出来る、ベルと話している間だけはルシアナを思い出す事は無い。
けれど、こうしてベルが側で眠っている姿を見ると無性に触れたくなって、けれど心の隅に残っているルシアナの事が胸につっかえて思い出されてしまって、ベルに触れる事が出来ない。
「──ベル……っ、」
俺は、情けなくも震える声でベルの背中に向かって声を絞り出す。
ルシアナの事なんて考えたく無い、思い出したくない。
そう思うのに、ルシアナを愛していないといけない、と言う感情が自分の思考を覆い隠すようで、俺はぶんぶんと頭を左右に振った。
俺の視線の先で、ベルの小さな背中がぴくり、と動き小さく声を出した。
しまった、起こしてしまっただろうか、と俺が焦っているとベルはむにゃむにゃと何か言葉を発している。
そうしてコロンと寝返りを打って俺の方に体の向きが変わる。
その瞬間、俺は何故かぎくり、と体が強ばってしまい、瞼を閉じて寝息を立てるベルをじっと見詰めた。
呼吸をするのも忘れる程、じっと体を強ばらせたままベルの顔を見詰めていると、ゆるゆるとベルが瞼を上げた。
しまった、見詰めすぎただろうか、と一瞬俺が焦ると、俺の顔を見た瞬間ベルがふにゃり、と嬉しそうに笑う。
「アーヴィングさま、眠れないのですか……」
「あ、ああ……」
「目を閉じて、ゆっくり深呼吸すれば……次第に眠気が訪れますよ……」
寝惚けているのだろうか。
まだ、夢か現か自分でも分かっていないのだろう。
ふにゃりとした口調で、眠れない俺を心配してくれるようなベルに、俺はくしゃりと顔を歪ませると「そうだな」と小さく言葉を返す。
ふにゃり、と笑ったベルがそっと俺の顔へと腕を伸ばし、俺の目元をその小さな手のひらで覆うと「目を閉じれば、眠れますよ」と優しく声を掛けてくれる。
目元を覆われ、視界が暗くなる。
けれど、俺の目にはベルの暖かい手が優しく触れていて今度こそ俺は我慢出来なくなり自分の瞳から涙を零した。
自分の情けない顔は、ベルが覆ってくれているから見られる事は無い。
けれど、涙に濡れる自分の手のひらに違和感を覚えてしまうだろうか。
手を退けてしまうだろうか、と俺は考えると体の向きを変えて俺に近付いてくれたベルをそっと自分の両腕で抱き寄せた。
「──んぅ、?」
むにゃむにゃ、と眠そうに唸ったベルの声を聞き、起きてしまわないように、と俺は更にベルを抱き締める腕に力を込めて引き寄せる。
ふわり、と香るベルの香りに、俺は更に涙を零すと唇を噛み締めて何とか声が漏れないように、ベルを起こしてしまわないようにと注意した。
俺の腕にすっぽりと包まれるベルの体が、まるで「そうあるべき」であるようにしっくりと馴染み、俺は愛おしいと言う感情が胸の中にじわりじわりと満ち溢れていくのを感じた。
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