38 / 64
38
しおりを挟む「──物理的に暫く距離を置いて貰いたい」
ジョマル様の言葉に、私とアーヴィング様は物理的に距離を置く、とは……? と訝しげにジョマル様に視線を向ける。
「アーヴィングの様子を見る限り、魔女の秘薬を定期的に摂取しなければ効果は薄まるのは証明された。俺や、アーヴィングが魔女の秘薬の解毒について調べる間、二人はルシアナ嬢とイアンから完全に接触を絶って貰いたいから、別の場所に移動して欲しい」
「──別の、場所だって……? だが、この邸を離れては仕事が……」
ジョマル様の言葉に、アーヴィング様はジョマル様の提案を緩く首を横に振り断ろうとする。
確かにアーヴィング様の言う通り、この場所から移動してしまうとトルイセン侯爵家の当主としてのお仕事に支障をきたすだろう。
現実的では無い──。
私がそう思うと言う事は、アーヴィング様も同様に感じている筈、と思っていると扉の横に控えていた家令のシヴァン様が「恐れながら」と声を掛けて来た。
「旦那様のお仕事内容は、少しの期間でしたら私が代理で行う事も出来ます……。旦那様にしか分からぬ内容は移動した場所で処理して頂き、その他の物でしたら私と、旦那様の侍従の者がいれば可能です」
シヴァンさんの言葉にジョマル様はほら、とでも言うように私達に視線を向ける。
「家令の彼もこう言っている事だ。少しの期間──そうだな、ひと月くらい場所を移して様子を見て欲しい。この場所に居る限り、ベル夫人に会いにイアンもしょっちゅう訪ねて来る筈だ」
「──っ、イアンが来ても通さなければ……っ」
「だが、それでも以前ベル夫人が庭園に居た際に邸の外側から声を掛けて来たようだ。イアンの声を聞いたり、姿を見たりしてしまえばベル夫人はイアンに接触してしまうぞ? それでもいいのか?」
「──……っ」
ジョマル様のその言葉に、アーヴィング様はぐっと唇を噛み締めるとそれならば、と頷かれた。
ジョマル様の提案で少しの間だけトルイセン侯爵邸から離れる事を決めたアーヴィング様と私は、私の友人であるマリーが嫁いだ子爵家の領地にある別邸へと滞在させて貰う事が決まった。
マリーの旦那様であるルドイツ子爵の領地は、王都からそこまで離れておらず、比較的栄えた領地だ。
アーヴィング様の侯爵家関連の場所よりも、私の友人に頼った方が私達を見付けにくいだろう、とジョマル様が仰っていた。
確かに、アーヴィング様と長い間交友があったルシアナ様やイアン様は、トルイセン侯爵家について知っている事も多いだろうし、調べる事も容易いだろう。
それならば、アーヴィング様とは一切関わりの無かった私の友人を頼った方が見付かりにくい。
ルドイツ子爵の別邸からは侯爵家の邸がある場所までもそこまで離れて居ない為、アーヴィング様が仕事をするにもし易いだろう。
「──ベル嬢、支度は出来たか?」
「はい、旦那様。もう出れます」
友人のマリーに連絡をした所、快く私達夫婦が訪れる事に頷いてくれた為、私とアーヴィング様は急いで荷物を纏めるとジョマル様とお話をした日から日にちを開けずにルドイツ子爵の領地へと旅立った。
ルドイツ子爵の別邸には、馬車で一日程移動すると到着する。
私とアーヴィング様は馬車に揺られながら、途中途中、街で休息を取りつつ子爵領へと向かう。
同じ馬車に乗れば、自然とアーヴィング様とお話する機会も多くなり、アーヴィング様は私と出会った時の事や、普段二人でどんな所へ出掛けていたのかなどを聞いて下さる。
忘れてしまっている記憶を必死に掻き集めようとなさる姿に、私はアーヴィング様がこのまま問題無く記憶を取り戻してくださるのでは、と淡い期待を抱かずにはいられなかった。
そうして、馬車に揺られて丸一日。
私とアーヴィング様がルドイツ子爵の治める領地の別邸に到着すると、ルドイツ子爵と友人のマリーが揃って出迎えてくれた。
「──ベル!」
「マリーっ!」
アーヴィング様に手を貸して頂いて馬車を降りると、私に向かって笑顔で手を振るマリーの姿を見て、私も自然と笑顔になる。
「トルイセン卿、奥方様。ようこそおいでくださいました」
「ルドイツ卿、少しだけ世話になるよ」
マリーの旦那様であるルドイツ子爵は朗らかな方で、優しげな笑顔を浮かべてアーヴィング様と私に挨拶をして下さると、別邸の玄関へと案内して下さった。
24
お気に入りに追加
2,672
あなたにおすすめの小説
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ~全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら~
Rohdea
恋愛
───私は名前も居場所も全てを奪われ失い、そして、死んだはず……なのに!?
公爵令嬢のドロレスは、両親から愛され幸せな生活を送っていた。
そんなドロレスのたった一つの不満は婚約者の王子様。
王家と家の約束で生まれた時から婚約が決定していたその王子、アレクサンドルは、
人前にも現れない、ドロレスと会わない、何もしてくれない名ばかり婚約者となっていた。
そんなある日、両親が事故で帰らぬ人となり、
父の弟、叔父一家が公爵家にやって来た事でドロレスの生活は一変し、最期は殺されてしまう。
───しかし、死んだはずのドロレスが目を覚ますと、何故か殺される前の過去に戻っていた。
(残された時間は少ないけれど、今度は殺されたりなんかしない!)
過去に戻ったドロレスは、
両親が親しみを込めて呼んでくれていた愛称“ローラ”を名乗り、
未来を変えて今度は殺されたりしないよう生きていく事を決意する。
そして、そんなドロレス改め“ローラ”を助けてくれたのは、名ばかり婚約者だった王子アレクサンドル……!?
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる