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しおりを挟む時は、少しだけ遡り。
◇◆◇
私は、シヴァンさんに自室へと送って貰ながら自分が先程までしていた事が段々と蘇って来る。
シヴァンさんが誰かと話している声が聞こえて、そして。
その相手がイアン様だと言う事に気付いた瞬間、私の意識は霞がかったように朧気になり、自分が何をして、イアン様に何を言ったのか。
イアン様と離れて、段々とはっきりその時の事を思い出してぶるり、と私は悪寒を覚えた。
(何で──……っ、何故私は……っ)
自分の身に何が起きているのか全く分からない。
何故、私はイアン様を「愛しい人」だと認識しているのだろうか。
私を自室に案内してくれているシヴァンさんが、くるりと私に振り向いて心配そうに声を掛けてくれる。
「ベル奥様、大丈夫でしょうか……? 何か暖かいお飲み物でも……?」
「──いいえ、大丈夫よ。ありがとうシヴァンさん。ごめんなさい、少しだけ休ませて貰うわ……」
「かしこまりました。何もお気にせず、今はゆっくりお休み下さいませ」
シヴァンさんがぺこり、と頭を下げて私が部屋へと入る所を見送ってくれる。
私は、何も聞かずに部屋へと送ってくれたシヴァンさんに感謝しながら自分の部屋へと入って行った。
「──……なん、で……っ」
私は、自室に入った瞬間その場にぺたりと座り込んでしまう。
足や、自分の腕が震えて来てしまい、私は自分の腕で自分の体を抱き締めるようにして腕に強く力を込めた。
思考がクリアになって来た今、イアン様と会っていた時の事を鮮明に思い出し、ぞっとする。
何故、私はあんなにもイアン様を愛しく思い、イアン様と離れなければいけない事に寂しさを感じ──。
イアン様に触れられた事に幸福感を得ていたのだろうか。
「──嫌っ、」
私は小さく叫ぶように声を上げると、イアン様に触れられていた腰を自分の洋服の裾で何度も何度も擦る。
イアン様に触れられていた感触がしっかりと残っていて、気持ち悪さが湧き上がる。
腰を抱き寄せられた事を思い出して、全身に鳥肌が立つ。
そうして、私が必死に体にこびり付いていたイアン様の手の感触を無くしたいと言う一心で擦り続けて、どれくらい経ったのだろうか。
私の部屋の扉がこんこん、とノックされてそして次いで聞こえて来たアーヴィング様のお声に、私は申し訳無いやら、アーヴィング様のお声に安心感を覚えたり、半ば混乱しながらアーヴィング様とシヴァンさんを部屋にお通しした。
そうして、アーヴィング様とお話している内に、先程抱いていたイアン様への恐怖、不安、気持ち悪さを思い出し、私がみっともなく感情を乱してしまっていると、アーヴィング様がそっと、無意識に握り締めてしまっていた私の手を優しく包み込んで下さった。
「──っ、旦那様……?」
私が、アーヴィング様に驚いて視線を向けると、アーヴィング様は私としっかり視線を合わせて優しく微笑みながら話し掛けて下さった。
「不安になる事は、無い……。今日以降、イアンが訪ねて来ても、イアンを邸内には入れないように徹底しよう。ベル嬢の身に、何かが起きているのは間違い無いのだろうが……、今日はこの後ジョマルも邸にやって来る……。私も同席するので、ジョマルと一緒に対応策を考えよう」
優しく微笑みながら、気遣って下さるアーヴィング様に、私はぶわりと自分の視界が滲んでしまう。
こんな、こんな事でアーヴィング様を煩わせてしまってはいけない、大丈夫だ、と早くアーヴィング様にお伝えしないと、と頭ではそう思っているのにそんな思いとは裏腹に、私の瞳からは耐えきれなかった涙が零れ落ちてしまった。
私のその様子を見たアーヴィング様は、苦しそうにくしゃり、とお顔を歪ませると「すまない、触れる」と一言お声を掛けて、私の隣に移動されたアーヴィング様が私の体を抱き締めて下さった。
「──だ、旦那さまっ」
ぎゅう、と強く抱き締められて私は懐かしいアーヴィング様の抱き締める腕の強さや、アーヴィング様が好んでお使いになっている香水の香りを直ぐ傍で再び感じる事が出来て、更に涙腺が緩んで来てしまう。
アーヴィング様の癖は変わっていないようで、私を抱き締めて下さるアーヴィング様の片手が私の後頭部に周り、ぐっ、とアーヴィング様の広い胸に抱き寄せられる。
すっぽり、と私を覆ってしまえるアーヴィング様に私は無意識に以前のように鼻先をすり、とアーヴィング様の胸元に擦り付けると、アーヴィング様のお背中に腕を回してしまった。
拒絶されてしまうかも──、と腕を回した後に私ははっ、と息を飲んだが、アーヴィング様は私を振りほどく事は無く。
寧ろ更に私を強く抱き締めて下さった。
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