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 急いでベル奥様の元へと向かい、自室の扉をノックする。
 使用人が言ったように中には人の気配は無く、返事が戻って来る事も無い。

「──旦那様に許可を頂こう」
「は、はいっ」

 流石にこの侯爵家の奥様の部屋に使用人が無断で入室する事は出来ない。
 今は夜も更けている時間帯。ベル奥様は中で眠っているだけだ、と自分自身に言い聞かせながら私と使用人はアーヴィング様の元へと急ぎ足で向かった。



「──旦那様」

 こんこん、と控え目にアーヴィング様が使われている寝室の扉をノックすると、まだ起きていらっしゃったのだろう。
 扉の向こうで人の気配が動き、こちらに向かって来ている。

「……シヴァン? こんな時間にどうした……?」

 ガチャリ、と扉を開けて出て来て下さったアーヴィング様に私はほっとすると直ぐにベル奥様がもしかしたらお部屋に居ないかもしれない、と言う事を伝える。

「このような時間に申し訳ございません……。ベル奥様が……お部屋にいらっしゃらない可能性がございまして……」
「──ベル嬢、が……っ?」

 私の言葉を聞くなり、アーヴィング様はサッと顔色を変えると直ぐに部屋から出て来て直ぐにベル奥様のお部屋へと向かい始める。

 アーヴィング様はまだお休みになる予定では無かったのだろう。
 夜着には着替えておらず、お部屋でまだ仕事でもしていたのだろう。寛ぐには楽な格好には変えていらっしゃるが、アーヴィング様は直ぐにベル奥様の元へと向かって下さる。
 アーヴィング様の後ろ姿を見て、私はやはりベル奥様の事を少しずつでも思い出して来られているのでは、と希望を抱く。
 そうでなければ、以前のアーヴィング様であれば親しくもない女性に対してこのように必死にはならないのだから。



「──ベル嬢、ベル嬢いらっしゃるか?」

 ベル奥様のお部屋の前に到着したアーヴィング様と私達は、直ぐにアーヴィング様が扉をノックして中へと声を掛けるが先程私達が来た時のように室内から返事が返って来る事は無い。

「本当に、ベル嬢は中に居なかったのを確認したのか?」

 アーヴィング様は女性使用人に顔を向けて硬い声音で確認する。
 女性使用人は、「え、えっと……」と声を震わせて曖昧に頷くとアーヴィング様に言葉を返した。

「は、はい……。いつも、このお時間帯にベル奥様に寝付きの良くなる紅茶をお出ししているのです……いつもは、直ぐにお返事が返って来られるのに、今日は何度お声を掛けてもお返事が返って来ないのです……。ですから、お部屋にいらっしゃらない、と……」
「……ただ単に疲れて眠ってしまっているだけなら良いのだが……」

 アーヴィング様は一度部屋の扉へと視線を戻すと再度扉の向こうに向かって声を掛ける。

「ベル嬢、失礼するぞ」

 アーヴィング様は一言断りの言葉を告げると扉に手を掛けてそっとベル奥様の部屋の扉を開けた。



「ベル嬢……?」
「お、奥様……?」

 ベル奥様の室内はランプの明かりが灯っておらず、真っ暗だ。
 この暗さから、やはりベル奥様は少し早めにお休みになっているのでは……、と私は考えるがアーヴィング様はスタスタとベル奥様の寝室へと向かって歩いて行く。

 アーヴィング様が記憶を失われてからこの部屋には入っていない筈なのに、何故寝室の場所がお分かりになるのだろう、と言うちょっとした違和感は、次に発されたアーヴィング様の言葉によって一瞬で何処かに行ってしまった。

「ベル嬢が、居ないな……」

 アーヴィング様はベッドのシーツに手を当てて、その冷たさに表情を歪める。

「……シーツも冷たい。長い時間外に居るのだろう……こんな寒い時間帯に……風邪でもひいてしまったらどうするんだ……っ」

 アーヴィング様は焦ったように、心配するように声を荒らげると早足でベル奥様の部屋を出て行かれる。

「──ベル嬢が居るかもしれない場所に心当たりは?」

 廊下を進みながらアーヴィング様にそう声を掛けられ、私は返す言葉に悩む。
 ベル奥様はこの邸の隅から隅までを熟知していらっしゃる。その為、ベル奥様が行かれる可能性がある場所は邸内全体だ。

「──っ、心当たり、は……あり過ぎて……」
「……っ、ならば近日中にベル嬢が行った場所は?」
「それならば……」

 アーヴィング様に聞かれた言葉に、複数の部屋や場所を答える。
 流石にこの時間帯に庭園には行かれる事は無いだろう、と考え庭園を探すのは後回しにする。

 何ヶ所か、アーヴィング様と共に心当たりのある場所を探し続けて、数刻。

 何部屋目かの客室で、ベル奥様のお姿を見付ける事が出来た。

「──ベル奥様!」

 女性使用人の悲鳴にも似た声が聞こえ、使用人が駆け寄る先に、ベル奥様は暖炉に火が灯った客室内にあるソファで横たわり、眠っているようだった。



 そして、そのベル奥様の胸元には見慣れぬ花束が抱えられていた。
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