【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船

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 それから、アーヴィング様とは度々夜会の会場でお会いする事が増えた。

 私がいつものように壁際でダンスを踊る方達を見ている時や、ドリンクを片手に持って会場の隅の方にあるテーブルへ向かっている時などに、バッタリと顔を合わせる事が良くあった。

 アーヴィング様は気さくに話し掛けて下さるけれど、婚約者の方に申し訳ない、と思いアーヴィング様の近くを探すけれど、アーヴィング様の側に婚約者様が居た事は一度も無くて。
 アーヴィング様はいつも人の目がある場所で会話をして下さるから少し夜会の会場でお話して、そして「また」と言って別れる。
 ほんの少し、顔見知り程度の間柄になれた事に私は浮かれていたけれど、アーヴィング様には婚約者様が居る。

 私は、アーヴィング様と夜会の会場でお会いする度に、お話する度にアーヴィング様に惹かれていて、その事を考えないようにしていたのだ。

 そうして、アーヴィング様と出会ってから数ヶ月。
 私は、婚約者探しにこの夜会へ赴いていた事をしっかりと自覚し直し、今度こそ真面目にお相手を探す事に決めた。
 家の事情は相変わらず厳しい状態だったけれど、それでも、探せばどこかに一人だけでも私自身を気に入って下さり、夫婦となってくれる人が居るかもしれない。
 だから、その日は普段よりも積極的にダンスフロアの近場で令嬢達や、令息達とお話をしていた。
 ダンスフロア付近に居れば、ダンスの誘いを受ける可能性も増える。

 そうして、私はその日頑張った甲斐があり数人の男性からダンスのお誘いを受ける事に成功したのです。

 ダンスが終わり、少しだけれどお相手の方と会話が弾み、今日を切っ掛けにお近付きになれれば、と考えながらいつものようにフロア中心部では無く、壁際へと戻って来た時の事。

「──ご令嬢、こんばんわ」
「──……っ、こ、こんばんわトルイセン卿……!」

 突然、背後から声を掛けられてびっくりして振り返ればそこに居たのはアーヴィング様で。

 いつも穏やかな微笑みを浮かべているアーヴィング様にしては珍しく、その時のアーヴィング様は何故か苛立っているような、怒っているような雰囲気で少しだけ、ほんの少しだけ怖かった。

「ト、トルイセン卿……? どうされたのですか……?」
「──いえ、自分の愚かな考えに……余裕を持った考えに呆れ、自分自身に怒りを抱いているのです」
「そ、そうなの、ですか……? その、トルイセン卿がそのようなお考えをしてしまうとは、驚きました……トルイセン卿はとても博識で、聡明な方ですもの」
「ありがとうございます。ですが、私自身得意な分野ではありませんので……」

 アーヴィング様がじいっ、と何だか熱の篭った瞳で私を見詰めるので、私は何故だか分からないけれど咄嗟に顔を逸らしてしまう。
 私から顔を背けられてしまったアーヴィング様は一瞬だけ表情を悲しげな物に変えたけれど、それも一瞬で。
 直ぐに表情を取り繕うと私に向かって笑いかけて下さる。

「今、自分の愚かさを自覚致しました。この場に来られているご令嬢は、お相手を探されていたり、婚約者と共に来られている方が多いと言うのに……何を余裕ぶった考えでいたのだろう、と悔いていたのです」
「──え、」

 じっ、とアーヴィング様から真っ直ぐ見詰められてそう告げられる。
 まるで、アーヴィング様の口ぶりからその言葉は私に向けられているように感じてしまうけれど、だけどアーヴィング様には婚約者の方がいるのに、と頭が混乱して来てしまう。

 私の戸惑いがアーヴィング様にもしっかりと伝わっているのだろう。

 アーヴィング様は私にそっと近付くと、触れてしまわない程度の距離を保って私に向かって蕩けてしまいそうな瞳と声音で言葉を紡いだ。

「──自分自身の気持ちに嘘は付けない、と言う事が分かりました。次回の夜会の際には、人目の無い場所で結構ですので……一曲踊って頂けませんか? 私も、それまでには様々な事を片しておきますので」

 どきり、と心臓が跳ねる。
 はっきりとした言葉はないけれど、明確な言葉は告げられていないけれど。

「ト、トルイセン卿……」

 私が信じられない、と言う心地でアーヴィング様を見上げると、アーヴィング様は優しげに瞳を細めて私の名前を愛おしそうに口にした。

「──ご令嬢、……いえ、ベル嬢……。次の夜会の時に伝えたい言葉があります。お聞き頂いても宜しいですか?」
「は、はい……」

 そうして、アーヴィング様は夜会の会場から私を優雅にエスコートして下さると、しっかりと馬車の元まで見送って下さった。










 昔の事を思い出してしまっていたのは、一種の現実逃避だろうか。

 私は、邸に連れて帰って来た夫であるアーヴィング様の目が覚めた事に喜び、アーヴィング様の名前をお呼びして、そして私の方へ視線を向けて来たアーヴィング様の冷たく射るような視線を受けて思考が停止してしまっていた。

「──君、は……誰だ? 何故、私の邸に見知らぬ女性が……? ルシアナ……ルシアナは何処だ?」

 愛おしげに私の名前を呼んで下さったアーヴィング様は、私を不審者を見るような冷たい目で見て、そうして私の名前を呼んでいた時のように愛しげに「ルシアナ」さんと言う女性のお名前を口にした。
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