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番外編
ジェイクの二年間 後編
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セレスティナからの手紙には、特に変わった事は書かれておらずジェイクの体を気遣う内容や、日々の出来事が記載されていた。
「──セレスティナは、変な男から言い寄られていないだろうか……」
学園の卒業間近。
その頃を思い出して、ジェイクは心配するように手紙から窓へと視線を移すとセレスティナの邸がある方向をじっと見つめる。
あの頃、ジェイクとセレスティナは婚約しているにも関わらず明確な結婚の話が出ていなかった事から卒業したら別れるのではないか?と噂になっていた。
その噂のせいでセレスティナの美しさに気付いた学園の男達がそわそわと浮き足立ち、ジェイクのいない隙を狙ってセレスティナに接触を図ろうとしていた者達も居た。
(セレスティナは元々可愛いし、美しいのに突然言い寄る男達が増えて面倒臭かったんだよな……)
婚約者の振りをしていた期間、ジェイクはセレスティナにいつも「可愛い、綺麗だ」と伝えていた。
セレスティナはジェイクからのその言葉に頬を染めながらお礼を言っていたが、ジェイクは本心からそう思い、伝えていた。
その気持ちが自然とセレスティナにも伝わって居たのだろう。
貧乏貴族、と嘲笑われてた為自信も無く俯きがちだったセレスティナが笑顔で過ごす日々が多くなった。
その為、セレスティナの笑顔を見た学園の男達はセレスティナの美しさや可憐さに気付き、言い寄っていたのだ。
(今思い出しても腹立たしい……。見向きもしなかったのに、俺がセレスティナの側を離れた途端、だったからな……)
その当時の事を思い出して、ジェイクは不安に駆られる。
もし、自分がいない間に誰か他の男がセレスティナに近付いていたら。
もしセレスティナがその男に少しでも心を許してしまっていたら。
約束の時が来た時に、セレスティナが自分を待っててくれていなかったら。
「──駄目だ……悪い事ばかり思い浮かぶ……」
酒が入っているからだろうか。
普段、目を背け考えないようにしていた事がどんどんと思い浮かんでしまい、ジェイクは弱々しく頭を振ると、そのままベッドへと体を投げ出した。
ぎぃ、と苦しげな音を立ててベッドが軋む音を聴きながら、ジェイクは考えるのを放棄するように瞼を閉じた。
それから、ジェイクの周囲では今までと変わらず「出待ち」のような令嬢達は宿舎に押し掛け、朝と仕事終わりの晩にジェイクや同僚の男達の追っかけのようになって行った。
令嬢達の対応にすらへとへとになっていたのに、ジェイクの元には同僚達から夜の街への誘いも頻繁に訪れるようになり、ジェイクは約束の二年間が過ぎるのをまだかまだか、と逸る気持ちを抑えきれず毎日毎日あと何日、と指折り数えるようになってしまっていた。
約束の期間が、二年間でなければ。
もし三年間や、二年半等であればジェイクの我慢は限界に達していたかもしれない。
我慢の限界が訪れ、無理矢理セレスティナに会いに行ってしまっていた可能性がある。
同僚達にいくら婚約者が居る、と言っても。
婚約者を愛しているから無理だと言っても信じてくれず夜の街への誘いが頻繁に訪れ、それを断る煩わしさ。
どれだけ令嬢達に素っ気なく対応しても、婚約者が居るから、と贈り物を断ったとしてもそれでも諦めない令嬢達に呆れ、苛立ちを何度覚えたか。
この騎士団にジェイクが身を置いてからもうすぐで約束の二年が経つ。
この状態になってから一年間。
「俺も、良く耐えたと思わないか?」
ジェイクは、騎士団に入って始めから良く話していたオリバーと自室で酒を飲みつつぼそり、と呟いた。
オリバーは苦笑しながら、自分の手の中のグラスを傾けるとカラン、と氷の澄んだ音が静かな室内に小さく響く。
「──そうだな、何度か俺もヒヤヒヤしたよ。ジェイク、お前何度かあいつらにブチ切れそうになってたろ?」
「だって、仕方ないだろ?俺はセレスティナが居るって何度も断ってるのに……娼館に行きたいのなら自分達で勝手に行けばいいものを……!」
「あー……まぁなぁ……。お前や俺を連れて行けば自分達もいい思いが出来ると思って必死なんだろ……」
「いい迷惑だ」
ジェイクはぶちぶちと文句を言いながらグラスの中身を乱暴に呷る。
ここ最近、ジェイクから酒の誘いが増えて来ている事に、オリバーも「限界かぁ」と哀れむような視線をジェイクに向けた。
実際、ここ最近の同僚達の"お誘い"が多い事にオリバー自身もうんざりとしていた。
オリバーも、自分でこれだけなのだからジェイクはもっとだろう。と労わるように視線を向ける。
「──だが、もうすぐ約束の期間が過ぎるんだろう?期間が過ぎれば、目出度く婚約者と会えるようになるんだ。婚約者の令嬢と宿舎の外で会うようになればこの酷い状態も無くなるんじゃないか?」
「ああ。そうなんだが……。期間が過ぎれば結婚も許されるし、この宿舎に居る意味も無くなる。王都の私邸から通えばいいしな……」
「それだったら問題解決じゃないか。……それなのに、何でそんな浮かない表情を……?」
オリバーの言葉に、ジェイクはうろ、と瞳を彷徨わせるとぼそぼそと小さく言葉を呟いた。
「──セレスティナの気持ちが離れていたら……どうしようか、と思って……」
「はぁ?今もお互い頻繁に手紙のやり取りをしてるんだろ?令嬢からもちゃんと気持ちを伝えられてるんだろ?」
「そう、だが……。迎えに行った時にセレスティナが喜んでくれなかったらどうしよう、と最近そればっかり考えるし、他に好きな男が出来たって紹介される夢を見るしで……」
今まで見た事がない程弱気になり、弱音を吐くジェイクにオリバーは驚きに目を見開くと、ジェイクの空になったグラスに酒を注いでやる。
約束の日が近付いて来るにつれ、嬉しさはあれどもしかしたら、と言う不安感が膨れ上がって来ているのだろう。
オリバーは弱音を吐くジェイクなど見た事がなく、それだけ不安になっているのだろうと言う事が分かる。
下手に慰めの言葉や励ます言葉を言う事が出来ず、オリバーはただジェイクに酒を注ぎ続けた。
約束の期間が近付いて来ると、ジェイクの様子は明らかにそわそわと落ち着きない様子になって来た。
仕事中はしっかりとしているが、仕事中ではない時は落ち着きなく集中力が散漫になっている。
オリバーはそのジェイクの姿を見て、呆れたように笑う。
「もうすぐなのか?」
「──ああ、オリバーか。そうなんだよ、来週やっと……やっとだ。セレスティナにやっと会える……!」
あれだけ弱音を吐いてはいたが、不安な気持ちよりもやっと愛する婚約者に会える、と言う嬉しさの方が不安な気持ちを凌駕しているような様子だ。
「父上からも結婚の承諾は得た……。セレスティナの両親にも面会の許可は得た……。来週、セレスティナに会いに行って、そこでセレスティナの両親に改めて結婚の承諾を貰いに行く」
珍しく、笑顔でそう話すジェイクにオリバーも自然と笑顔で「そうか」と返事を返す。
ここ暫くは、じめじめと考え込んでいたようだが今ではすっかり晴れ晴れとした表情になっていた。
「二年ぶりだもんな。積もる話もあるだろう。その日は休みを取ってるんだろ?」
「ああ。当日と翌日は休みを取っている。両家での話し合いもあるだろうしな」
嬉しそうに表情を綻ばせてそう話すジェイクに、オリバーもつられて笑顔になる。
同僚──比較的よく一緒に居た同僚が幸せそうにしている姿は嬉しい物だ。
ジェイクとオリバーは、お互い軽口を叩き合いながら職場へと向かって行った。
約束の日が近付くにつれ、ジェイクの機嫌は良くなって行き、宿舎前で出待ちをしている令嬢達や同僚達はジェイクの身に何が起きているのか不思議そうにしていた。
表情が綻び、時たまオリバーとの会話で笑顔を見せるジェイクの姿に令嬢達は沸き立ち、同僚達は機嫌が良さそうなジェイクを遊びに誘ったりとするがすげなく断られる。
そんな日々を過ごし、約束の日がやって来た。
前日はそわそわとしてしまい、中々寝付けずにいたがいつの間にか眠りに落ちていたようだ。
ジェイクがふと目を覚ますと、窓の外が明るくなっている。
「朝か」
まだ早朝、と呼ばれるような時間帯だろう。
ひんやりとした空気が室内に入り込んで来ており、ジェイクはベッドから出ると身支度を始める。
いつもの騎士団の団服ではなく、私服に着替える。
シャツを羽織り、ジェイクは何の気なしにカーテンを開けて窓から外を眺めた。
いつもの光景となっている令嬢達の姿を眼下に捉えながら、ジェイクはふと見覚えのある馬車が視界に入り込んで目を見開いた。
「──っ!あれは……っ」
びたっ、と窓に張り付き馬車の家紋を確認した途端、ジェイクは傍にあったコートを引っつかむと慌てて自室を飛び出した。
視界が薄らと滲んでしまうまま、階段を駆け下りて急いで宿舎の玄関までひた走る。
見慣れた家紋。
あれは、間違いなくクロスフォード伯爵家の馬車だ。
まさか。
ここまで会いに来てくれるとは思わなかった。
セレスティナ自身も、自分に会いたい、と思ってくれていたのか。
だからこそ、こんな早朝から騎士団の宿舎に来てくれていたのか。
ジェイクが玄関に姿を表すと、いつものように令嬢達がわっとはしゃいだ声を上げる。
だが、ジェイクの視界には令嬢達の姿等映っておらず、クロスフォード伯爵家の馬車へと視線は向かっている。
その馬車から、ひょこり、と女性が顔を出したのを見た瞬間。
ジェイクはセレスティナの名前を叫び、馬車に向かって一直線に走って行った。
馬車に向かうまでの道すがら、少し涙が零れてしまったのはジェイクだけの秘密である。
そして、二人は騎士団の宿舎前でしっかりと抱き合い、人前で口付けまで交わしてしまって、ジェイクは暫くの間騎士団の同僚達にからかわれる羽目になるのだが、それはまた別の話。
─終─
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