48 / 59
第四十八話
しおりを挟む低く、重たい男の声が聞こえて、セレスティナはその場に立ち上がるとそっと振り返る。
セレスティナの動きに伴い、ジェイクもその場に立ち上がると悔しそうに眉を顰めた。
「──お邪魔しております、カートライト侯爵様」
ドレスの裾を持ち上げ、頭を下げるセレスティナに、ジェイクの父親であるカートライト侯爵は目尻を下げると、セレスティナに微笑んだ。
「うむ、この間ぶりだな、セレスティナ嬢。──それで、後ろに居る不躾な女性は我が侯爵邸に何の用だ?」
「──父上……」
セレスティナに向けていた微笑みをすっと引っ込めると、無表情で侯爵はフィオナへと視線を向ける。
視線を向けられたフィオナは、侯爵の威圧感に一瞬たじろいだが、すっと侯爵に視線を向けると一礼して唇を開く。
「──初めまして、カートライト侯爵様。私、フィオナ・レーバリーと申します。カートライト侯爵家の次男、ジェイク・カートライト様とお付き合いをしていた関係で、ご本人にお話に参りました」
「ジェイクと付き合っていた、と?」
侯爵の低く重い言葉に臆する事無くフィオナは侯爵にしっかりと視線を合わせると、尚も言葉を続ける。
「ジェイク様は、私とのお付き合いを隠す為にそちらのセレスティナ・クロスフォード伯爵令嬢に婚約者役を依頼し、それを快諾した伯爵令嬢が──」
「もういい。誰か、取り敢えずこの女性をお見送りしてくれ」
フィオナが話している言葉を、侯爵は表情を歪めながら遮ると、周りにいた使用人へ視線を向ける。
途中で自分の言葉を遮られたフィオナは、呆気に取られた後、キッと侯爵を睨み付けると尚も言葉を続けようとしている。
「──っ、どうか最後までお聞き下さい、侯爵!ジェイク様は……っ!」
「もういい、と言ったのが聞こえなかったのかな?」
興奮して話すフィオナに、侯爵はやれやれ、と息を零しながら視線を向けると、強い口調で言葉を放つ。
「そもそも、侯爵邸へ突然来訪するような礼儀知らずの女性の話を私が何故直々に聞かねばならない?詳細はジェイクとセレスティナ嬢二人から聞いて確認するから貴女はもうここから出て行ってもらおう」
侯爵の言葉に、従者がさっと動くとフィオナの腕を取り、侯爵家の門の方へと促す。
従者の他にも、侯爵家の私兵がやって来て、フィオナを侯爵家から追い出すようにこの場を離れて行く。
未だに、フィオナは何かを喚いているようだが、その声も段々と小さくなりその内聞こえなくなった。
その場に立ち尽くすセレスティナと、ジェイク二人に侯爵は視線を向けると困ったように溜息を吐き出す。
その溜息に、びくりと肩を震わせるセレスティナを気遣うように視線を向けるジェイクの様子を見た侯爵は、庭園から三人で話せるような場所に移動する為、温室の方向へ視線を向ける。
「──詳しい話を聞こうじゃないか……。取り敢えず場所を移そう。ジェイク、温室にもお茶の用意はしてあるな?」
「──はい、父上……」
「うむ。それでは温室に移動しよう。セレスティナ嬢もそれでいいかな?」
セレスティナに優しく微笑みながら、そう聞いてくる侯爵に、セレスティナは侯爵の瞳をしっかりと見つめ返しながらはい、と頷いた。
場所を温室へと移し、メイドにお茶の準備をしてもらいメイドが温室から退出する。
温室内にはセレスティナ、ジェイク、侯爵の三人だけになり、侯爵は紅茶を一口飲んでから唇を開く。
「先程の……あの、不躾な女性が言っていた言葉は本当なのか、ジェイク」
瞳を細め、咎めるような視線でジェイクにヒタリ、と視線を止めてそう言葉を放つ侯爵に、ジェイクは素直にこくり、と頷くと唇を開く。
「ええ……、先程の女性──フィオナ・レーバリー嬢と私は、以前お付き合いをしておりました。それは、本当です」
「セレスティナ嬢を隠れ蓑にしていた、と言うのもか?」
侯爵の言葉に、ジェイクは自分の唇を噛み締めながら頷くと、ただ一言「はい」と言葉を返す。
そのジェイクの言葉を聞いて、侯爵は呆れたように自分の額に手を当てると「愚か者が」と低く呟く。
「お前がしていた事は、女性を軽んじた愚かな行為だな……。ある女性と付き合っていながら、その事実を隠す為に他の女性を隠れ蓑として利用するなど……お前の教育を間違えたようだ」
「──っ、仰る通りです……返す言葉もありません……」
「それで、私達を騙しセレスティナ嬢に無理矢理偽装婚約を持ち掛けたと言う事か……何の為にそんな事を……」
「父上……言い訳をする訳ではないのですが、セレスティナに偽の婚約者役をお願いした経緯をご説明しても宜しいでしょうか?」
真っ直ぐに自分を見返してくるジェイクの視線に、侯爵は「話せ」と言葉を返すと、ジェイクは自分の隣に座っているセレスティナの手のひらをぎゅっと握りながら、自分の父親である侯爵にぽつりぽつりと話し出した。
11
お気に入りに追加
1,815
あなたにおすすめの小説


王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

初恋の結末
夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる