【本編完結】偽物の婚約者が本物の婚約者になるまで

高瀬船

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第四十八話

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低く、重たい男の声が聞こえて、セレスティナはその場に立ち上がるとそっと振り返る。
セレスティナの動きに伴い、ジェイクもその場に立ち上がると悔しそうに眉を顰めた。

「──お邪魔しております、カートライト侯爵様」

ドレスの裾を持ち上げ、頭を下げるセレスティナに、ジェイクの父親であるカートライト侯爵は目尻を下げると、セレスティナに微笑んだ。

「うむ、この間ぶりだな、セレスティナ嬢。──それで、後ろに居る不躾な女性は我が侯爵邸に何の用だ?」
「──父上……」

セレスティナに向けていた微笑みをすっと引っ込めると、無表情で侯爵はフィオナへと視線を向ける。
視線を向けられたフィオナは、侯爵の威圧感に一瞬たじろいだが、すっと侯爵に視線を向けると一礼して唇を開く。

「──初めまして、カートライト侯爵様。私、フィオナ・レーバリーと申します。カートライト侯爵家の次男、ジェイク・カートライト様とお付き合いをしていた関係で、ご本人にお話に参りました」
「ジェイクと付き合っていた、と?」

侯爵の低く重い言葉に臆する事無くフィオナは侯爵にしっかりと視線を合わせると、尚も言葉を続ける。

「ジェイク様は、私とのお付き合いを隠す為にそちらのセレスティナ・クロスフォード伯爵令嬢に婚約者役を依頼し、それを快諾した伯爵令嬢が──」
「もういい。誰か、取り敢えずこの女性をお見送りしてくれ」

フィオナが話している言葉を、侯爵は表情を歪めながら遮ると、周りにいた使用人へ視線を向ける。
途中で自分の言葉を遮られたフィオナは、呆気に取られた後、キッと侯爵を睨み付けると尚も言葉を続けようとしている。

「──っ、どうか最後までお聞き下さい、侯爵!ジェイク様は……っ!」
「もういい、と言ったのが聞こえなかったのかな?」

興奮して話すフィオナに、侯爵はやれやれ、と息を零しながら視線を向けると、強い口調で言葉を放つ。

「そもそも、侯爵邸へ突然来訪するような礼儀知らずの女性の話を私が何故直々に聞かねばならない?詳細はジェイクとセレスティナ嬢二人から聞いて確認するから貴女はもうここから出て行ってもらおう」

侯爵の言葉に、従者がさっと動くとフィオナの腕を取り、侯爵家の門の方へと促す。
従者の他にも、侯爵家の私兵がやって来て、フィオナを侯爵家から追い出すようにこの場を離れて行く。
未だに、フィオナは何かを喚いているようだが、その声も段々と小さくなりその内聞こえなくなった。

その場に立ち尽くすセレスティナと、ジェイク二人に侯爵は視線を向けると困ったように溜息を吐き出す。
その溜息に、びくりと肩を震わせるセレスティナを気遣うように視線を向けるジェイクの様子を見た侯爵は、庭園から三人で話せるような場所に移動する為、温室の方向へ視線を向ける。

「──詳しい話を聞こうじゃないか……。取り敢えず場所を移そう。ジェイク、温室にもお茶の用意はしてあるな?」
「──はい、父上……」
「うむ。それでは温室に移動しよう。セレスティナ嬢もそれでいいかな?」

セレスティナに優しく微笑みながら、そう聞いてくる侯爵に、セレスティナは侯爵の瞳をしっかりと見つめ返しながらはい、と頷いた。










場所を温室へと移し、メイドにお茶の準備をしてもらいメイドが温室から退出する。
温室内にはセレスティナ、ジェイク、侯爵の三人だけになり、侯爵は紅茶を一口飲んでから唇を開く。

「先程の……あの、不躾な女性が言っていた言葉は本当なのか、ジェイク」

瞳を細め、咎めるような視線でジェイクにヒタリ、と視線を止めてそう言葉を放つ侯爵に、ジェイクは素直にこくり、と頷くと唇を開く。

「ええ……、先程の女性──フィオナ・レーバリー嬢と私は、以前お付き合いをしておりました。それは、本当です」
「セレスティナ嬢を隠れ蓑にしていた、と言うのもか?」

侯爵の言葉に、ジェイクは自分の唇を噛み締めながら頷くと、ただ一言「はい」と言葉を返す。
そのジェイクの言葉を聞いて、侯爵は呆れたように自分の額に手を当てると「愚か者が」と低く呟く。

「お前がしていた事は、女性を軽んじた愚かな行為だな……。ある女性と付き合っていながら、その事実を隠す為に他の女性を隠れ蓑として利用するなど……お前の教育を間違えたようだ」
「──っ、仰る通りです……返す言葉もありません……」
「それで、私達を騙しセレスティナ嬢に無理矢理偽装婚約を持ち掛けたと言う事か……何の為にそんな事を……」
「父上……言い訳をする訳ではないのですが、セレスティナに偽の婚約者役をお願いした経緯をご説明しても宜しいでしょうか?」

真っ直ぐに自分を見返してくるジェイクの視線に、侯爵は「話せ」と言葉を返すと、ジェイクは自分の隣に座っているセレスティナの手のひらをぎゅっと握りながら、自分の父親である侯爵にぽつりぽつりと話し出した。
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