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第四十二話
しおりを挟むセレスティナから落ち着いて話をしよう、と言われジェイクは無言で頷くと、セレスティナの拘束を解く。
抱き締められていた体制から解放されて、セレスティナはほっと安心したように息をつくが、ジェイクの腕から解放された後すぐにセレスティナの手をするり、とジェイクに取られて指が絡められる。
「──……ジェイク様」
「すまない、セレスティナと少しでも触れ合っていたいんだが、駄目か?」
駄目か、と悲しそうに聞かれてしまえば駄目だと言い難い。
セレスティナは頬を染めたまま諦めたように一つ溜息を零すとジェイクに促されるまま、空き教室へと進んで行った。
──これは、今日はもう授業に出れないわね。
セレスティナは、午前中の最後の授業が始まる鐘の音を何処か遠くで聴きながら、空き教室のソファへと促され、ジェイクの隣に腰掛ける。
ソファに座ったは言いものの、先程までお互いポンポンと言い合っていたのが嘘のように今では互いに口を閉ざして黙り込んでいる。
先程の言い合いで、ジェイクの気持ちはほぼ分かってしまっている。
セレスティナは先程ジェイクから告白まがいな物をされてしまった事を思い出し、そして困惑した。
改めて話をしよう、と空き教室に移動したはいいものの先程のようなジェイクの告白まがいな言葉をもう一度聞かねばならないのか、と考えてセレスティナは頬を染める。
「──セレスティ、ナ……その、先程話した俺の言葉に偽りはない、んだが……その、セレスティナは一体フィオナ嬢に何を聞いたんだ?」
気まずそうにチラチラと視線をセレスティナに寄越しながらジェイクが口火を切る。
話し掛けられて、セレスティナもぐっと拳を握り直すと、先程フィオナから言われた言葉をジェイクに包み隠さず伝える事に決めた。
「その、レーバリー嬢からは……ジェイク様との準備が整ったから、偽の婚約を早く解消した方がいい、と──」
「そんな事をフィオナ嬢がセレスティナに言ったのか!?」
驚いたような表情を浮かべて、ジェイクが素っ頓狂な声を上げる。
まさか、自分の預かり知らない所でフィオナがそんな事を言っているとは思わなくて、ジェイクは今まで自分に見せていたフィオナの態度や、笑顔が全て嘘だったのか、と愕然とする。
誰かを陥れるような真似をするような女性には見えなかった。思慮深く、とても心根の優しい女性だと思っていたのに、セレスティナから聞いたフィオナの話にこれでは、自分の周りに寄って来ていたその他の令嬢と同じではないか、とジェイクは自分の額に手を当て項垂れる。
そのジェイクの様子を見て、セレスティナは不思議そうな表情を浮かべてジェイクに話し掛ける。
「今の、私の話を全部信じてくれるのですか……?」
セレスティナの言葉にジェイクはキョトン、とした顔をするとさも当然と言うように頷いた。
「セレスティナが嘘をつくとは思わないからな」
「──っ、何でも、素直に全てを信じてしまうのはあまり宜しくないですよ」
「ああ……今回の事が本当に教訓になったよ……俺はもう少し人を疑うと言う事を覚えた方がいいんだな……」
「ええ、ジェイク様は人の悪意にもっと敏感になった方がいいと思います」
セレスティナの言葉に、ジェイクはピクリと眉を跳ねさせると、隣に座っているセレスティナの顔を覗き込む。
「──悪意……?まさか、今の事以外にもフィオナ嬢に悪意を向けられた事が?それとも、俺が側に居ない時に前のように令嬢達に囲まれでもしたのか?」
セレスティナはしまった、と自分の失言に気付くとぱっと自分の手のひらを唇に当てる。
その様子を見ていたジェイクは、眉を下げるとそっとセレスティナの手首を掴んで再度指を絡めて自分達の手を合わせると唇を開く。
「──何をされた?それとも、何か言われた?俺は、自分の好きな女性が傷付けられて平然としていられる程出来た人間ではない」
はっきりと今度こそジェイクの口から好意を告げられて、セレスティナは自分の顔を真っ赤に染め上げる。
そんな雰囲気何て先程まで微塵も無かったのに、ジェイクの瞳がとろり、と甘く細められる。
室内の空気も甘ったるいような雰囲気に変わってしまったような気がして、セレスティナは焦ってジェイクから若干体を離す。
セレスティナが離れた分だけジェイクは距離を詰めると、これ以上下がり切れない所まで下がると、セレスティナの背中がソファーの肘掛にトン、と当たる。
セレスティナの口を割らそうとジリジリ距離を縮めて来るジェイクに、セレスティナは観念したように唇を開く。
「あ、悪意と言うほどではないかもしれませんが……っ少し前に、私とジェイク様の仲が学園中に知れ渡った時レーバリー嬢と少しだけ会話をした事があるのです……っ」
「その時、フィオナ嬢は何と?」
じりじりと尚も近付いて来るジェイクに、セレスティナは顔を背けながら言葉を続ける。
「その……っ、隠れ蓑になってくれてありがとう、と……」
「礼、だけ?それだけ?」
「──ジェイク様と、男女の仲であるような雰囲気で、"助言"をされました……」
はしたない事をジェイクの目の前で言わされ、セレスティナは羞恥心で赤く染まった顔を隠すように自分の両手で顔を覆う。
半ばソファの肘掛に背中を預け、仰向けに倒れているようなセレスティナの上から見下ろしているジェイクは、眉を顰めると嫌悪感に表情を歪める。
貴族令嬢として、そんなはしたない事を寄りにもよってセレスティナに嘯いたのか。
ジェイクはそう胸中で毒付くとセレスティナに向かって唇を開く。
「恐らく、その頃には既にフィオナ嬢から気持ちが離れていた俺の様子を見て、セレスティナに嫌味を言ったのだろう……誓って、フィオナ嬢にそんなはしたない真似はした事はないし、俺は結婚前に男女の仲になる事等あってはならない、と思っていたから……中々自分に手を出さない俺に焦れていたんだと思う……嫌な思いをさせてしまってすまない」
ジェイクはセレスティナを抱き起こすと、そのままぎゅう、と抱き締める。
ジェイクの言葉に嘘偽りはない。
本当に、フィオナとお付き合い、というものをしていた時はそう思っていたのだ。
抱き締める事はあったが、唇を合わせたい、と言う欲求は感じた事もない。
勿論、それ以上の気持ちも抱いた事がない。
そんな自分の気持ちに気付いていたフィオナが、当てこすりのようにセレスティナに嫌味を言ったのだろう。
自分の前では思慮深く、とても心根の優しい女性を演じていたのだろう、と思い至る。
人を陥れるような貴族の女性然とした雰囲気等微塵も見せず、上辺だけの綺麗な部分を見せられていたのだ。
そして、ジェイクはすっかりその姿に騙されてしまっていた。
「──そんな事があった、とは……俺は自分が情けない」
ジェイクはセレスティナを抱き締める腕に力を込めると、これからどうしようか、と考えを巡らせた。
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