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第三十二話

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「セレスティナか!本当に奇遇だな」

セレスティナにフィリップ、と呼ばれた男は表情を綻ばせると、嬉しそうに近付いて来たセレスティナの頭を撫でる。
その行動に、ジェイクはぴくり、と眉を跳ねさせると不快そうに表情を歪ませた。

「──ん?あ、そこにいるのはもしかしてカートライト侯爵子息ではないですか?セレスティナがいつも世話になっているようで、ありがとうございます」
「何故貴方が、お礼を言うんだ……?」

ジェイクはむっとした表情のまま、フィリップにそう答えると、フィリップは面白そうに瞳を瞬かせ、セレスティナはぎょっと目を見開いている。

「ジ、ジェイク様──っ」
「行こう。セレスティナ。失礼する」

ジェイクはセレスティナの手首を掴むと、そのまま店の中へと進んで行く。

「フィリップ、ごめんなさい、また──!」
「……っ」
「ああ、またな、セレスティナ」

ジェイクの隣で、背後にいるフィリップに向かって振り向くセレスティナに、そのセレスティナに笑顔で手を振るフィリップにジェイクは苛立ちを隠す事なく、セレスティナの手首を掴んでいた自分の腕をセレスティナの腰に回すと強引に店内へと足を進めた。

「ジェイク様……っ、急にどうしたんですかっ」

いつもの紳士然としたジェイクの姿ではなく、苛立ちを顕にした様子のジェイクに戸惑い、セレスティナは声を掛ける。
いつもだったら、こんな風に失礼な態度なんて取らないのにどうしたのだろう、と不安になっていると、ジェイクがセレスティナを横目で見ながら唇を開く。

「君、は。俺の婚約者だろう」
「へ?──え、ええ。そうですね、今は」
「──っ」

セレスティナの言葉を聞いて、ジェイクは更に眉を顰めると唇を噛み締めている。

(な、なんなの……?どうして突然不機嫌になるのよ……!さっきまでは穏やかだったのに)

自分の腰に回された腕が離れる気配が感じられない。
このまま体を寄せ合ったまま店内を見て回るつもりなのだろうか。
仲の良い婚約者としてはいいアピールになるだろうが、店内には他にも数人の客がいる。
周りから送られてくる生暖かい視線にセレスティナは頬を染めるとジェイクが腰に回した腕を離してくれるように頼もうと唇を開く。

「そ、それよりもジェイク様。狭い店内でこんな風に体を寄せ合うのもちょっと、その……動きにくいので腰から手を離してもらってもいいですか?」
「いや、このまま店内を見て回ろう」
「──えぇ……」

セレスティナの言葉を聞くなり、ぴしゃりとセレスティナの提案を断ると本当にそのまま店内を見て回るようだ。
セレスティナが困惑していると、先程話していた授業で使用するペンの売り場に着いたのか、ジェイクが足を止める。

「セレスティナはどんなペンが欲しいんだ?」

ぐっ、と顔を近づけて聞いてくるジェイクにセレスティナは体を後ろに逸らそうとしたが、ジェイクに腰を抱かれたままなのでそれも出来ず、自分に近付く端正な顔から視線をそっと逸らして数種類のペンへと視線を落とす。

「授業で使用するので、そんなに良い物でなくてもいいんです……本当に、書ければそれだけで……」

ジェイクから契約金を貰っているとは言え、自分の私物にお金を掛けるつもりはない。
普通に書ければいいだけなのだ。普通の貴族の子息や令嬢であれば予備のペン等数本持っているが、財政難なセレスティナの家では一つの物を大事に使うため予備は持っていない。

一番安価な種類の物を見ていると、ジェイクがふととあるペンを手に取った。

「これなんていいんじゃないか?」
「えっ!」

セレスティナはジェイクの手の中にあるペンを視界に入れて、ぎょっとして目を見開く。
ジェイクの手の中にあるのは硝子ペンで、ペン先の指を添える部分に美しい模様が細工された金具が嵌められており、ペン先とボディー部分には淡い色彩が彩られておりとても綺麗なペンだ。
ペン先も替えられるようで、ボックスの中には複数の取り替え用のペン先と、インクが数種類同梱されている。

「と、とても美しいですが……私はもっと安価な物でいいのです」

安い物でいい、と言うのが恥ずかしくてジェイクの耳元でこそっと声を掛けるとジェイクは何かを考えるように暫し黙った後、ひょい、と硝子ペンが入ったボックスを二つ手に取る。
アクアブルーの硝子ペンと、グリーンの硝子ペン。
その色を確認した途端、慌ててセレスティナはジェイクに視線を向ける。

「ならば、これは俺が買ってセレスティナに贈ろう」
「そんな……!こんな高価な物頂けません」

慌ててジェイクを止めようとするが、ジェイクが次いで放った言葉を聞いた瞬間、セレスティナは顔を真っ赤にさせて固まってしまった。

「セレスティナに俺の色を贈りたいし、セレスティナの色を俺も持っていたい」

会計してくるからここで待っててくれ、と笑顔で頬を撫でて会計へと向かって行く背中をセレスティナはただ顔を真っ赤に染めて見送る事しか出来なかった。



ジェイクの瞳の色はアクアブルーで、セレスティナの瞳の色はグリーンだ。
相手の瞳の色を贈り物として贈るという行為の意味をジェイクは分かっているのだろうか。
セレスティナは、真っ赤になったまま、困ったように眉を下げるとジェイクの後ろ姿をじっと見つめた。
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