上 下
3 / 59

第三話

しおりを挟む

セレスティナは、思わず頷いてしまった事にはっと瞳を瞬かせると「んんっ」と態とらしく咳払いをしてジェイクに視線を向け、唇を開いた。

「そ、それで……何故偽装婚約が必要だったのかお伺いしても宜しいでしょうか?」

セレスティナの言葉にジェイクは言いにくそうに視線を彷徨わせると、周囲に人の気配が無い事を確認する。
偽装婚約をするのだ。
周囲にこの婚約が偽装だとバレてはいけないし、偽装婚約の他の人間に聞かれても不味い。

ジェイクは一つ咳払いをすると、「場所を変えてもいいか?」とセレスティナに提案した。










ジェイクの言葉に頷き、学園で生徒が個人的に勉強するような自習室をジェイクが借りた。
裏庭で会った時、既に午後の授業が終わり学園に残る生徒達は少なくなってきていたのもあり、学園内を移動するセレスティナとジェイクの姿を見る者は少なかった事が救いだろうか。

(でも……明日の夕刻までには噂が立ちそうね)

自分達の姿を見る者は少なかったとは言え、数人にはジェイクと共にいる姿を見られているのだ。
ジェイクに懸想する令嬢達に恨まれそうだ、とセレスティナは憂鬱な気分になる。

「セレスティナ嬢、どうぞ」
「ありがとうございます」

ジェイクが、自習室の扉を開けてセレスティナを先に入室させると自分も後に続いて入室した。
スマートなエスコートに、ジェイクの育ちの良さと人柄が伺える。
セレスティナは素直に感心しつつ、ジェイクにお礼を述べると室内へと足を踏み入れきょろ、と周囲に視線を彷徨わせる。
室内は自習室という事もあり、少人数用に作られていて少し手狭な空間だ。
二人が向かい合わせで椅子に腰を下ろしたら近い距離感になりそうだ。

セレスティナが少し躊躇っていると、ジェイクが不思議そうにしながら着席を促してくる。

「セレスティナ嬢?」
「あ、いえ。すみません」

躊躇っているのは自分だけか。
何だかセレスティナはジェイクを意識しているのが恥ずかしくなってしまい、促されるまま椅子に腰を下ろす。

セレスティナが腰を下ろした事を確認すると、ジェイクが唇を開き、今回の偽装婚約を提案した理由を話し始めた。

「突然の話しに吃驚したと思うんだが……実は、今実家で俺の婚約者を探そうとしててな」

嫌そうに眉根を寄せて話し出すジェイクにセレスティナはただ黙ってジェイクの話の続きを聞く。

「その、俺は結婚するなら好いた女性としたいんだが、このままだと好きでもない女性と婚約して結婚する事になってしまうんだ」
「はあ……」
「だから、俺が好いた女性と婚約出来るようになるまで家の目を欺く為にもセレスティナ嬢に恋人の振りと婚約者の振りをお願いしたいと思ったんだ」
「それ程、カートライト侯爵子息様は恋愛結婚をされたいのですね」
「──甘ったれた事を言っているのは十分分かっているんだが、好いてもいない女性と結婚しても上手く行く気がまるでしないんだ」

下位貴族である自分とは違い、高位貴族である人の婚約は政略的な思惑が大いに影響する。
懸想している人とそのまま婚約、結婚等夢のまた夢になるのだ。
ジェイクは高位貴族の中では珍しく好いた女性と結婚したい、と言うのだろう。

「理由は分かりましたが、何故私なのでしょう?正直、カートライト侯爵子息様でしたら協力してくれる女性は山ほどいるのでは?」

何も、自分ではなくても良いはずだ。
セレスティナは素直に自分の疑問を口にするとジェイクが気まずそうに視線を逸らしながらもごもごと唇を動かす。

「その、他のご令嬢達は俺を好いてくれているだろう……?解消前提の婚約なんて流石に申し込めなくて、な」
「その点、私でしたらジェイク様を好いていないから?」
「ああ。傷付く事はないだろう?契約として納得出来るんじゃないかと思って」
「確かにそうですね、ジェイク様と契約すれば私は家の没落を防ぐ事が出来て、ジェイク様もお家の決めた婚約から逃れる事が出来ますね」

双方に取ってこれ以上無い程の好条件だろう。
だが、セレスティナは一点だけ確認したい事があり、ジェイクに問いかける。

「内容は分かりましたが、偽装婚約の終了はいつなのですか?」

そう、いつまでジェイクの婚約者を偽ればいいのか。
その点が気になり、セレスティナがジェイクに聞くと問いかけられたジェイクは恥ずかしそうに頬を染めてセレスティナに告げる。

「実は……フィオナ・レーバリー嬢と今いい感じなんだ。彼女と結婚出来るようにどうにか手立てを考える。その間、少しの時間で済むと思うから、その間だけお願いしたい」
しおりを挟む
感想 98

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

処理中です...