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「遺跡は、十分な広さはあるが屋根が崩れている箇所も多い。雨を凌ぐにはバラけないと厳しいだろうが、あまり各所に点在するのはお勧めしない」

レグルスは迷いなく遺跡の方向へと進みながら、自分の目の前にある森の枝を腰に下げていたナイフでバシバシと切り捨てて行く。
後ろを着いてくる、冒険者ならまだしもこのような悪路に不慣れな家族は枝に肌を傷付けられてしまうだろう。
レグルスの行動を黙って見つめていたクライはふう、と息を吐き出すとレグルスの言葉に返す。

「そうだな、なるべく一塊になって夜を過ごした方がいい。見張りは俺たちで請け負うからレグルスは安心して寝ててくれ」
「それは有難いな。お言葉に甘えさせてもらって寝させてもらうよ。……それで、もう観察はいいのか?」

何の気なしにレグルスから放たれた言葉に、クライはぴくりと片眉を上げると「気付いていたのか?」と声を潜めてレグルスに聞いた。
遺跡へ向かう道すがら、何かあった場合すぐ対応出来るのと、道案内出来るのがレグルスしかいない為、先頭をレグルス、続いてクライ、依頼人の家族三人、女性冒険者のアンナ、殿に弓使いのリーチで遺跡へと向かっていた。

レグルスは、自分の斜め後ろを歩くクライにちらりと視線を向けると、口元を笑みの形に吊り上げる。

「そりゃあな?あれだけ警戒心丸出しでずっと俺の様子を観察してたじゃないか。俺が盗賊の仲間かどうか、じっと観察してたんだろう?それで、疑いは晴れたかい?」
「──ああ、勿論。今ではこんなお人好しがいる事が信じられないがな」

クライは前方を歩くクライに追い付くと、隣に並び立って腰に下げているロングソードとは別の短剣を自分も手に持つと、レグルスに伴い木々の枝を払って行く。

「お人好しとは、心外だな?」
「いやいや、レグルスは十分お人好しだろう。結構離れた遺跡にいたのに、悲鳴を聞いてここまで駆けつけたんだろう?」
「まあ、それはそうだが……見て見ぬふりをするのが普通なのか?」

疑問に思い、レグルスはクライに視線をやるとクライも困ったような表情をして言いにくそうに話す。
後ろに居る依頼主に聞こえないように声のトーンを落として話すクライに、レグルスは静かに耳を傾ける。

「そうだな……盗賊の被害に合っている者がいても、普通の人間ならその場所から更に逃げるだろう。相手がどれだけの人数で、どれだけの力量を持っているか分からない。救出に向かったとして、自分が助けられるか否か、分からない場合は皆見て見ぬふりをするだろう」
「──クライも同じ考え方か?」
「俺、は……俺一人だったら、助けに行ったかもしれないが。今回のようにパーティーを組んでいる場合は分からない……俺一人の判断で、仲間達の命を危険に晒せないからな」

しっかりと前を見据えてそう答えるクライに、レグルスは「そうか」と一言答えると後は無言で二人は遺跡へと向かって行く。

(クライの気持ちも分かる……自分の判断ミスで仲間の命が危険に晒されたら、と思うと躊躇するだろう)

それでも、レグルスはやるせない気持ちを抱いてしまった。
誰もが危険な目に合わないような世の中になる事は不可能なのか。
誰にも命の危険が及ばない、そんな平和な国があればいいのに、と詮無き事を祈ってしまった。






暫く歩いて、前方に遺跡がやっと姿を表したのを見て、レグルスとクライの後ろを歩いて来ていた家族が明るい声を出したのが分かる。
目的地も分からず、ただひたすら歩いているのに疲れたのだろう。
やっと腰を下ろせる、と安堵の吐息を漏らしているのが聞こえる。

遺跡には段差があり、大人ならいざ知らず身長の低いミーナは登るのが大変だろう。
そう考えたレグルスは後ろを振り返ると、家族に声を掛ける。

「遺跡に上がるには、高い段差を登らなければいけない。上からミーナを引っ張りあげた方がいいだろう」
「分かりました、そうしたらミーナ。お父さんが上から引っ張ってあげるからお母さんとそこで待っててくれ」

父親の言葉にミーナと母親は頷くと、よじ登っていく父親を支えている。
その様子を見ながら、もう一人くらい先に段差を登って上で待機しておいた方がいいか、と考えているとクライもそう思っていたのだろう。

「俺が先に上に行くから、レグルスは皆が上に上がるのを助けてやってくれ」
「ああ、分かった」

レグルスが頷くのを見て、クライがぐっと腰を落とした後地面を蹴ると大きく飛び上がる。
腰元にあるロングソードをいつでも抜けるように利き手はいつも空いた状態にしておきたいのだろう。

(へえ……、やっぱりクライは中々の身のこなしだな)

難なく遺跡の段差を越したクライにレグルスはもたもたと段差を乗り越えているミーナの父親に視線を向けると苦笑する。
やっとの事で父親がミーナに向かって手を伸ばしている所を眺めていると、背後から急速に近付いてくる気配に、レグルスは目を見開くと弾かれたように振り返る。

「──?レグルス殿?」
「──っ、早く登れ!」

不思議そうに聞いてくる女性冒険者のアンナにレグルスは声を荒らげ、鋭く叫ぶ。

レグルスの緊張感を孕んだその様子に、ぴりりとした雰囲気になる。
背後では、レグルスの言葉に即座に反応したクライが急いでミーナの父親を引っ張りあげ、次いでミーナも急いで引っ張りあげている。
母親はアンナと共に急いで段差を登ると、そこで背後から物凄いスピードで近付いて来ていた気配が森の木々の間から飛び出して来た。

「──レッドウルフだ!」

背後から焦燥感を滲ませたクライの鋭い叫び声が聞こえてくる。
レグルスの目の前で、次々と姿を表すレッドウルフの群れに、レグルスは胸中で舌打ちをすると、自分の斜め後ろにいる弓使いのリーチに向かって視線はレッドウルフに向けたまま「早く段差を越えろ」と声を掛けた。
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