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領主の邸から出たレグルスは、そのまま森の中を姿を隠したまま歩いていく。
先程、邸に侵入する前に木の上から確認した森の中に潜む複数の建物も確認していたので近場まで行き、侵入出来るようなら侵入して屋内を確認しておきたい、と考えていた。

邸にも私兵のような者達の姿を時折確認出来たのでこの森にも潜んでいるだろう。
出来れば私兵のメインの滞在場所を把握しておき、真っ先に潰しておきたい場所だ。

「こっち方面に数箇所建物があったんだよな⋯⋯」

レグルスは小さく呟くと、記憶しておいた方向へと足を向ける。
少し進むと、記憶は合っていたようで一つの建物が眼前に見えてくる。
外観はぼろぼろで、廃屋となってしまっているのだろうか。辺りにも私兵の姿は見受けられず、容易く建物の中に侵入出来そうだ。
あまり情報は得られそうにないが、確認するだけしてみよう、とレグルスはその建物の前に辿り着くと、そっと扉を押し開いた。

ぎいい、と錆びついた扉が不快音を奏でながらレグルスを建物の中へと招き入れるように開いた。

建物内へと足を踏み入れる。
中には灯りが灯っておらず、まだ太陽が昇っている時間帯だと言うのに灯りは射し込んでおらず、屋内は埃の匂いと、鼻をつんと付く強烈な異臭にレグルスは眉を潜めた。

──これ、は腐敗臭だ。

レグルスは灯りを魔法で作り出すと空中へぽい、と放つ。
周りを明るく照らしてくれる光源を先行させ、レグルスは注意深く周りを探る。
この建物の中が、自分が昔長い時間過ごしたあの地下牢のような雰囲気で、嫌な汗が背中を流れる。
嫌な事を思い出した、そうレグルスは考える。だが、この建物の内部は自分がいたあの劣悪な環境よりも数段酷そうだ。

先程から注意深く周辺を探っているが、何もレグルスの探知結界に反応がない。

「⋯⋯っ生きている人間はいないのか」

悔しげにレグルスが唸るように言葉を吐き出すと、その瞬間建物の最奥から微かに生きている人間の反応を結界が察知した。

「──っ」

レグルスは周りの惨状に目もくれずその方向へと駆ける。
申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、まだ息がある人間がいるのであればそちらを助けたい。
後で必ず対応する、とその場所に駆けつける間にいる人間だった物体に詫びるとその場所へと急いだ。

駆けると同時に、レグルスはこの建物全体を自分の魔力で包み込むと防音、幻影の魔法を重ね掛けする。
これから自分が行う行動が外に漏れ聞こえないように過剰な程厳重に魔法を放った。

レグルスが駆けつけたその場所は、小さな部屋となっているらしく、扉の向こうからは微かに生きている者の反応がある。
その場所に他に誰もいない事は気配から分かった為、レグルスは駆ける勢いそのままに扉を乱暴に開いた。

「──何だ、この部屋は⋯⋯っ」

室内に飛び込んだレグルスが目にした物は、小さな部屋に備え付けられた粗末なベッドの上で体を丸めやっとの事で呼吸を行っている少年で、この目の前の少年はもう長く持たない程衰弱していた。

「おい、大丈夫か──」

レグルスはわざと足音を立てて、少年に近付くと優しく声を掛ける。
声を掛けられた少年は反応する体力もないのか、瞳を閉じたまま浅く呼吸を繰り返すだけだ。
よくよく少年の体を見てみれば酷い暴行の後が残り、肌が変色してしまっている箇所もある。
刃物で切られたような痕は化膿してしまい異臭を放っている。

反応を見せない少年に、レグルスは自分の手を少年に翳すと回復魔法をかけてやる。
一気に全快まで治してしまうと内臓や外傷のダメージが酷すぎて反動が強いかもしれない。
レグルスは少年の様子を注意深く観察しながら少年に流れる魔力の流れを確認しつつ少しづつ回復魔法を掛けていく。

──ひゅっ

少年の喉から音にならない息が漏れる。
体の痛みが和らいだのか、少年がうっすらと瞼を持ち上げた。

「痛みは治まってきたか?」

頭上から掛けられた低い男の声に、少年は怯えるようにびくり、と体を震わせると恐る恐るレグルスに視線を向けた。
レグルスはこの部屋に入った勢いでフードが外れてしまっていた為、自分の素顔が少年に晒されてしまっている。
だが、そんな事に構っている時間が無かったのだ。早くどうにかしてやりたい、痛みを取り除いてやりたい、とレグルスは安心させるように少年へと微笑みかけてやる。

レグルスの回復魔法で痛みがだいぶ和らいだのだろうか、かさかさに乾燥した唇から少年は恐る恐る言葉を紡いだ。

「高位精霊様──?」
「⋯⋯残念ながら人間だよ」

これ以上の回復は内臓への反動が発生する、と判断したレグルスは一旦治療の手を止め、少年に視線を移す。

「起き上がれそうか?」

レグルスの言葉に少年は僅かに身動ぎしたが、起き上がる体力は回復しきっていない。
申し訳なさそうに少年はフルフルと首を横に振った。
レグルスはその反応を確認すると、ベッドへと片膝乗り上げ、抱き起こしてやる。
大した重さも感じず、すんなりと起こせた少年の体重の軽さにレグルスは眉を顰めると、自分に寄りかからせてやった後にシザーバッグに入っていた水筒を取り出すと、蓋を開ける。

「ゆっくり飲み込むんだ」

水筒を少年の口元に傾けてやると、少年は水分を欲していたのだろうゆっくりとだが、確かに水筒の中の水をしっかりと飲む。

少年に聞きたい事は山ほどあるが、劣悪なこの環境に捨て置いて行けるはずがない。
レグルスは自分の宿の部屋に連れて帰ろうと考え、少年の傷に障らないよう抱えるとベッドから立ち上がる。

「──えっ」
「取りあえず、君をこの場所には置いておけない。俺が取っている宿の部屋があるから一先ずそこに連れていくよ」

驚きに見開かれた少年の瞳をしっかりと見返してレグルスは話すと、この部屋から出る為に扉の方へと進み始めた。
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