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レーラの隣の椅子に腰掛けたレグルスはレーラの泣く理由を聞く。
驚きに目を白黒させていたレーラは落ち着いたのか、頬を染めながらも僅かに眉をしかめて自分の状況を話し始めた。

「私は、数日後にこのベリーウェイの町がある領地の領主の邸宅に連れていかれます」

ぎり、と奥歯を強い力で噛み締めるレーラにレグルスは「やっぱりか」と呟くとレーラの言葉の続きを促す。

「孤児院の院長は女神様が連れて行ってくれる、って言葉を濁してますがこの町の治安を守る為と言いながら、今の領主に代替わりしてからこの町に目をつけて孤児院の身寄りのない私達の中から自分が玩具に出来る人物を数年に一度要求してるんです⋯⋯!」

前回の「献上」の時に孤児院から向かった男の子を迎えに来ていた領主の遣いの人達が話しているのを森で聞いてしまったのだ、とレーラは咽び泣いた。
レグルスはレーラを慰めるように背中を一定のリズムで叩くと唇を開く。

「そうか⋯⋯酷い人間もいたものだね。人が人を玩具にするなんて⋯⋯」
「⋯⋯精霊さんって、優しいんですね。お話で聞いてた精霊さんと全然違う」

ふふ、と初めて笑顔を見せるレーラにレグルスは笑うとそうかな?と首を傾げる。

「人が好きな精霊もいれば、人を嫌う精霊も居るよ。それは人間と一緒じゃないかな?」
「ええ、そうですよね、うん」

レーラは納得したように頷くと、ごしごしと自分の目元を乱暴に拭った。

「⋯⋯この町の為に領主の元に行くのはもう諦めてるんです。私が行く事でこの町の治安だって守って貰えるし。この町の皆が大好きだから納得してます」

精霊さんと会えるとは思わなかったから会えて嬉しい、と笑うレーラにレグルスは微笑む。

「そうだね、こんなに小さいのにレーラはしっかりと自分で考え覚悟を決めている。⋯⋯さて、そろそろお戻り。寝る時間が無くなってしまうよ」
「精霊さん、また会えますか?」

縋るように聞いてくるレーラにレグルスは困ったように笑った。

「どうかな、中々こちらに干渉するのは骨が折れるんだ」
「──そうですか。また会えたらお話してくださいね」

悲しそうに言葉を続けるレーラにレグルスは頷くと、レーラは自分が座っていた椅子から立ち上がり、レグルスに一度ぺこりと頭を下げ、軽い足音を立てながら自室へと戻るために二人がいた調理場から出て行った。



レーラが立ち去る後ろ姿を見つめながら、レグルスは握り締めた自分の拳が震えているのに気付く。
この感情には覚えがある。
これは、怒りだ。
自分の力ではどうする事も出来ない子供に対して汚い大人が起こす犯罪だ。
犯罪を犯罪と認めず領主と言う権力を振りかざして弱者から強者が人としての尊厳や、人生を搾取する犯罪だ。
身寄りのない子供だからといって、犯罪の贄になっていい事はない。

「これがガルバディスが言っていた碌でもない人間だな」

そんな碌でもない人間なんてこの世に存在する価値はないだろう。

レグルスは腰掛けていた椅子から立ち上がると、再度自分に魔法を掛けて宿屋へ戻る為に先程侵入した勝手口へと足を進める。

明日は、この町の領主を探ろう。
領主の名前と、邸宅の位置、邸にいる人間の数、この悪事に関わっている人間を洗い出す。
そして、捕らえられている今までの被害者達の人数の把握と場所。
邸内にいるのであれば潰す時に同時に解放出来るだろう。

レーラはあと数日の内に連れていかれる、と言っていた。
あまり時間が無い。
連れていかれ、怖い思いをして欲しくないと考えたレグルスは宿屋に向かって町を駆けた。







翌朝、宿屋で目覚めたレグルスは朝食をそこそこの時間で済まし外出した。

町の人間に領主の事を聞くのは危険だ。
下手に情報を聞き回って相手方に勘付かれてもいけないし、町の人間に余所者のレグルスが何か探っている、と勘付かれるのもあまり宜しくない。
独自で動いて領主の邸宅を探すのが一番いいだろう。

レグルスは雑貨が売っていた店へと向かいこの地域周辺の地図が売っていないか聞きに行こう、と店へと足を向ける。
地図さえ手に入れて仕舞えばこちらのやりたいようにやれる。
領主の邸宅を強襲する為に侵入経路や、逃走経路を確認しておかないといけない。
今日、地図を入手したら早速夜中に邸宅へと忍び込もうと考えながらレグルスは雑貨屋に到着すると扉を開けて中へと進んだ。

来客用のベルがチリンと鳴り、音に反応した店主がひょこりと顔を覗かせた。
レグルスの姿に店主は「この間の!」と声を上げるとにこやかに笑顔を見せながら店内へと姿を表した。

「この間ルルちゃんと一緒にいた兄さんだね、今日は何をお探しだい?」
「ああ、店主。この辺りの地図が欲しくて⋯⋯置いてるか?」
「ああ、地図あるよ。兄さん旅人だったっけね?次の町へ行く為に道の確認かい?」
「まあ、そんな所だな」

簡単に世間話をしながら店主がゴソゴソと棚の中を探してくれている。
あああったあった、と呟きながら店主が大きめの紙を丸めた筒状の物を手にこちらに歩いてきてくれる。

「ほら、兄さんこれがここら周辺の地図だよ」
「ありがとう、いくらだ?」
「青銅貨5枚だよ」

店主の言葉に、レグルスは腰に付けたシザーバッグの中身を確認するが青銅貨が見当たらない。
銅貨1枚を手に取ると、店主へと渡す。

「まいど、お釣りだよ」
「ありがとう」

店主が青銅貨5枚を手渡してくる。釣り銭をバッグに戻すと、レグルスは店主に挨拶をして店から退出した。

今日はもう宿へと戻り、地図を確認しようと考えるとレグルスは宿屋の方向へと足を向けて戻って行った。
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