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しおりを挟む夜中はしん、と静まり返り町全体が眠りに付いているようで静寂に包まれた空間に違和感を感じてレグルスはふ、と目を覚ました。
「⋯⋯夜明けまであと2、3時間て所か」
辺りは静寂に包まれていて、この静けさが逆に耳に痛い。
レグルスは違和感の元が何かわからず、辺りに視線を巡らせるが暫くその場で気配を探っていても何も起きず、諦めてベッドから足を下ろした。
夢現の中、ルルが部屋に来てくれた覚えがある。
部屋のテーブルの上には果実酒と、氷の入っていたであろうグラスが置いてあった。
グラスの中身は全て溶けてしまっていたが、寝起きで喉の乾いていたレグルスはそのグラスを掴むと口元に運ぶ。
中に氷が溶けた水がグラスの半分程入っていて、まだ冷たさの残るその水が喉を通りさっぱりとする。
「あ、しまった。フード被ってなかったか⋯⋯」
レグルスは頭をガリガリとかくと、見られたのはルルだし問題ないか、と納得するとシャワーを浴びに備え付けの簡素なシャワー室へと足を運ぶ。
宿代に含まれているのだろう、全身を覆えるような大きなタオルはないが、頭や体を拭ける程度の短めなタオルが一本、体を洗う用の石鹸が一つ、頭を洗う用の液体状の石鹸がボトルに入って備え付けられている。
ガルバディスから教わった洗浄魔法で自分の体を洗浄する事も出来るが折角シャワーが備え付けられているのだ。
レグルスはいそいそと服を脱ぎ、シャワーを浴びる事にした。
真夜中、という事もありシャワーの水圧は弱めにさっと体を流し頭を洗うと短時間でシャワーを終え、首から下げたタオルで乱雑に髪の毛の水滴を拭う。
下着だけ身につけ自室へと戻ると、ポタポタと拭いきれなかった水滴が床へと落ちて染みを作ってしまうが、レグルスはそのまま差し入れてもらった果実酒を頂こうとテーブルへと腰を下ろした。
小さめのピッチャーからグラスに注ぎ、一口呷ると果実の甘みと癖のあるアルコールが鼻から抜ける。
有難いことにガルバディスと共に過ごした四年間で酒盛りにも頻繁に付き合わされたお陰で酒の味を楽しむ事が出来るようになった。
レグルスは果実酒を飲みながら、中途半端な時間に起きてしまった事に項垂れる。
「散歩でもするかな」
夜明けまでまだ時間はある。
窓からこっそりと抜け出し夜の町中を散歩するのもいいかもしれない。
夜の真っ暗な海、というのも面白いかもな、と思い立つとレグルスは果実酒を飲み干し簡単に着替えるとコートを手に取り袖を通す。
そっと外の様子を伺い、人の気配が無い事を確認すると大きな音を立てないように窓を開けて身体強化と姿を認識しにくくなる希薄の魔法を自分にかけるとそっと窓枠から飛び出した。
宿屋の屋根に音もなく降り立つと、高いところから町を見渡す。
酒場や、夜でもやっている店の灯りがぽつりぽつりと灯ってはいるが町全体は静寂に包まれている。
レグルスは何故か自分に付き纏う嫌な気配を振り払うように足に力を込めると軽やかに跳躍して屋根と屋根を渡り飛んでいく。
視界の先に港が見えてきて、真っ暗な海に惹かれるようにレグルスはそちらの方面へと進んで行った。
ざああ、と波の音が押し寄せる音に、磯の香りに穏やかな気持ちになると、レグルスは真っ暗な海が一望出来る高台に降り立つ。
何も考えずぼうっと暫く海を見つめる。
穏やかな時間が流れているのに、何故だかざわざわと胸騒ぎが治まらない。
第六感、とでも言うのだろうか。
何か悪い物が近づいて来ているような、そんな落ち着かなさと雰囲気を感じる。
レグルスは真っ暗な海をじっと見据えるが、視界に入る範囲には何も問題はなさそうに感じる。
海に住むという魔物も、この町に近付く魔物の気配も感じない。
この感覚は何なのだろう、とレグルスは違和感を感じながらも周りをぐるりと見回して異変がない事を確認すると、朝日が登ってくるまでその場で海を眺め続けた。
「お兄さんおはよう!」
「ああ、ルルおはよう。今日も元気だな」
朝食の時間になり、レグルスが階段を降りていくとパタパタと忙しく動き回るルルににこやかに挨拶をされる。
レグルスが昨日と同じ二人用のテーブルに腰掛けると、水の入ったピッチャーとグラス、丸パンが数個入った籠を持ってきてくれる。
朝食は丸パンと、卵と厚切りベーコンが平の皿に盛られ、サラダが盛られている物一皿、縦長の皿に焼き魚がほかほかと湯気を立たせて乗せられている皿が一皿。
やはり良心的な宿泊代なのに部屋も食事も破格の内容でレグルスは満足気に朝食を平らげると今日の行き先を水の入ったグラスを傾けながら考える。
昨日、ルルに案内してもらった買取して貰える店に最初に行ってしまうか、と考えるとレグルスは席を立つ。
トトト、と走り寄ってくるルルにご馳走様、と笑いかけるとルルが笑い返してくれる。
「お兄さん今日も外に行くのかい?」
「そうだな、まだこの町を回りきれていないしゆっくり町を歩いてみるよ」
ぐりぐりとルルの頭を撫でながらそう答えると、ルルが内緒話をするように顔を近付けてくる。
「⋯⋯お兄さん、凄いかっこいいから余り外で顔を見せない方がいいよ」
「⋯⋯うん?それはどうして?」
「見目が良い人は、女神様に気に入られて連れていかれちゃうんだって⋯⋯だから気を付けてね」
ルルのその言葉にレグルスは驚きに目を見開くと、「気をつけるよ」とだけ返して頭を撫でてから自室へと戻る為階段を登っていく。
──女神に連れていかれる?
ルルが話した言葉に引っ掛かりを覚えて、レグルスは夜中に自分が感じた違和感がじわじわと形作っていく感覚に眉をひそめた。
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