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「おばあちゃん!ただいま!」
「おや、お帰り。ルルはちゃんと案内出来たかい?」

宿屋の扉を開けて中へと進むと、カウンターにいた店主──ルドガが声を掛けてくれる。
ルドガは、驚いたようにレグルスの腕に抱えられているルルを見ると優しく瞳を細めた。

「お兄さん、ルルしっかり案内出来たもんね?」

キラキラとした瞳でそう問いかけてくるルルに、レグルスは笑うとルルの頭をぐりぐりと撫でてやる。

「ああ、そうだな。ルルのお陰で助かった」
「へへっまた案内が必要だったらいつでも言ってね!」

ぴょん、とルルがレグルスの腕から飛び降りると擽ったそうに笑いながらルドガの方へと駆け寄っていく。
その姿を和やかに見つめながら、レグルスは今日買った物達を自室へと運んでしまおうと階段へと足を向けた。

「ああ、兄さん夜ご飯はどうする?食べるなら用意しておくよ」
「ああ、頂くよ」
「了解だよ。そしたら夜ご飯は一時間後だから時間になったら下に降りてきてくれ、用意しておくよ」

レグルスはカウンターからそう声を掛けてくれるルドガに礼を述べると、ゆっくりと階段を登って行った。




宿屋の自室の前に来て、レグルスは鍵穴に鍵を差し込み捻る。
カチャン、と施錠していた扉の鍵が開いた音がした事を確認すると扉を開けて中へと入る。

買った物達をテーブルにどさっと置くと、コートを脱ぎ捨てベッドに放る。
テーブルに置いた洋服達が入った袋から部屋着に良さそうなタートルネックタイプの黒いインナーを取り出すと、着替えようと自分が来ていたインナーを脱ぎ捨てる。
新しく購入した物は袖なしタイプの物だが、上からコートを羽織ってしまえば夜でも丁度過ごしやすいだろう。

服屋の店主に教えてもらったが今いるこの町は、地域柄初夏に差し掛かる今の気候は昼間は汗ばむくらいの気候となるが、日が落ちると肌寒くなるらしい。
その為、旅をする者は長袖等の寒さを凌ぐタイプの物が好まれるそうだ。

「確かに夜になると少し冷えてきたな」

ガルバディスが話していた「砂漠」という場所と似ているような気がする。
もっとも、ガルバディスが話していた砂漠は昼間は灼熱の暑さになって、逆に夜になると凍えるような寒さになるらしいので砂漠に比べたら遥かにこの町は過ごしやすい。

もぞもぞと購入したばかりの服に着替えると、袖がない為丁度隠し武器を仕込むのに良さそうだ、とレグルスは太ももに付けていたベルトを外すと長さを調整して自分の左側の二の腕に付け直す。
太腿に取り付けていた小刀は、腕に比べると多少タイムラグが生じてしまう。腕に取り付けていた方が即座に投擲しやすいだろう、と考えベルトに通していた小刀の柄を反対の手で取り出しやすい位置に微調整するとその後は腰に付けていたケースを取り外す。
今日購入したシザーバッグにベルトを通し直すと元のケースに入っていた中身を入れ替えて位置を調整する。

最後に、シザーバッグを購入した店でついでに買った読み書きの本を手に取ると、ベッドに腰掛けパラパラと中身を捲ってみる。

「へえ、図解付きか。ありがたい」

本当に読み書きが出来ない者の為の初歩的な指南書だ。
この国での基礎的な文字、文章が図解で説明されている。
これなら分かりやすい。滞在中の一週間で何とか読み終わりそうだな、とレグルスは考え夕食の時間までその本を読むのに集中した。

あれからどれくらい時間が経ったのだろうか、きゅるる、と空腹を訴える腹の虫にレグルスははっとすると、本へと落としていた視線を窓の外へと向けた。
窓から見える景色は既に真っ暗になっていて夕食の時間を過ぎてしまったか、と一瞬焦るが二階の他の宿泊客達が階下へと降りる足音が聞こえ始めてほっとする。
どうやら夕飯を食いっぱぐれる事は無さそうだ。

ルドガはこんな小さな港町、と言っていたが昼間ルルと外を歩いてみた感じ旅人もちらほら見受けられたし、港町の新鮮な魚目当てだろうか、商人風な者達もいたし、冒険者風の者達もこの町に立ち寄っていた。
何も無い町だ、と笑っていたがこの宿屋にも他の客が宿泊しているし、そこそこ賑わっている町なんだろうな、と考える。
自分は見た事が無いが、大都市や王都何かはもっと人で賑わっているんだろう。

「いいな、いつかは行ってみたい」

今の自分は自由だ。
この町に好きなだけ留まる事も出来るし、気ままに旅をするのもいい。
逆に王都や大都市に生活の居を構えてもいいのだ。
もう、誰も自分の命を脅かす者はいない。
好きに生きて好きに過ごしていける。
レグルスは晴れ晴れとした気持ちで大きく伸びをすると、ベッドに放りっぱなしだったコートを羽織り直してフードを深く被り直した。

「不安な部分はやっぱ当面の資金だな。明日ルルに教えて貰った買取をしている店に行ってみよう」

手に持っていた本をテーブルに置き直すとレグルスも他の宿泊客に倣い夕食にありつこう、と自分の部屋を出てゆっくりと階段を降りていく。
鼻腔をくすぐる食慾を刺激するいい匂いに再度自分の腹の虫がぐう、と音を立てた。
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