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レグルスは案内された部屋へと向かうと、先程渡された鍵を確認する。
数字の5と表示されている鍵と、部屋の扉に5と表示されているのを確認すると鍵穴に鍵を差し込み扉を開いた。

部屋の中はベッドと簡易的なテーブルと椅子が置いてあるだけの質素な部屋で、狭くもなく広すぎもせず程よい広さの空間だ。
被っていたフードを外し、ロングコートを脱ぐとベッドに放る。
そのままベッドの近くにある窓に近付いてカーテンを開けると太陽の光を取り込み室内が明るくなった。

レグルスはちらり、とベッドに放ったロングコートに視線をやると顎に手を当てて考える。

「⋯⋯この辺りがどれだけ暑くなるかわからないけど、ロングコートはこの先暑くなるよな…深めのフードが付いた物を何着か買うしかないか⋯⋯」

後で店主に服や雑貨が置いてある店があるか聞いてみようと考え、レグルスは自分の腰にあるケースを取り外しテーブルの上へ置くと椅子に腰掛けた。
ガルバディスから好きなだけ持っていけと言われて持たされたが、このケース内に入っている硬貨の数と種類は不味いのではないか、と些か心配になった。
何とか銀貨を探し出せたが、中には金貨や白銀貨の割合の方が多い。
この小さな港町で白銀貨を出す事に躊躇いを覚えるくらいの常識は得ている。

「何とか金を稼ぐ方法を得ないと⋯⋯」

ガルバディスからは詳しくは教えて貰っていない。
ギルドにでも入ればいいんじゃないか?と軽く話されたがこの小さな港町にギルドなんてあるのだろうか。
買取してくれるような場所があればそれでもいい。
これは店主に聞いてしまった方が早いな、とレグルスは考えるとケースを腰に戻し、ロングコートをまた羽織った。
フードを目深に被り直して部屋から出ると鍵を閉める。

とんとん、と階段を降りていくと変わらずカウンターで店主が欠伸をしながら座っている。

「ん⋯⋯?出掛けるのかい、鍵は無くさないようにな」
「ああ、気をつけるよ。それより、聞きたい事があるんだがいいか?」

階段を降りてくるレグルスに店主は出かけるのかと思い声を掛けてくれる。
店主に返事をしながら、レグルスはこの町に服や雑貨が置いてある店や買取を行っている店がないか尋ねようと返事を返す。

「なんだい?」
「この町には、服や雑貨を扱っている店はどこら辺にある?それと、買取を行っているような店はあるか?」
「ああ、それなら両方ともあるよ。どれ、ちょっと待ってな」

店主はよっこいせ、と座っていた椅子から立ち上がると店主の生活スペースだろうか、店の奥へと入って行ってしまう。
待ってな、と言われたのでその場でレグルスは大人しく待っていると店の奥から何やら二つの話し声が聞こえて来て、レグルスは「他にも誰か一緒に宿屋をやっているのか」と思う。

小さな港町だし、家族ででも宿屋を経営しているのかもしれない。
旦那か、子供か⋯⋯誰が出てくるんだろうかとぼうっとレグルスは待っていると、奥から聞こえる声がはっきり、大きく聞こえてくる。

「もうっ!おばあちゃんいつも説明面倒くさいからってルルに任せないでよね!」
「しょうがないだろう、あっちこっち歩いて説明するのは骨が折れるんだよ、あんたが付き合ってやんな」

高い子供の声が聞こえてきた後に、店主の声が聞こえる。
孫でもいたのか、とレグルスが大人しく待っていると店の奥から7、8歳程の女の子が姿を表した。

「うわっ、びっくりした!この怖い人をルルが案内するの!?」

レグルスを視界に入れた瞬間、ルル、という女の子が悲鳴を上げるように叫ぶ。
「失礼な事を言うんじゃないよ!」と店主に頭をぽかんと叩かれていて、そのルルと言う女の子は痛そうに頭を撫でている。
その、頭に。人間にはあるはずの無い物が付いていてレグルスは驚きに薄らと唇を開けた。
痛みにペタンと下がったルルの髪の色と同じ茶色のそれはフルフルと震えている。

(──獣人か!)

人間には付いていないふわふわの大きな耳が頭頂部に生えており、良く見ればおしりの辺りから耳と同じ色の長い尻尾がゆらゆらと揺れている。

「ん⋯⋯、?」

レグルスの視線を感じたのか、ルルという獣人の女の子はぷくっと頬を膨らませると自分の腰に手を当て、胸を張る。

「何さ、お兄さん獣人見るの初めてなの?どんだけ田舎に住んでたのさっ!」
「これっ!ルル!」

先程のレグルスの設定を信じてくれている店主は気まずそうにルルを叱責する。
初めて見る獣人に視線が釘付けになってしまったのは本当の事で、じろじろと不躾に見てしまった自分に非があるのだ。
レグルスは大丈夫だ、とでも言うように片手を上げる。

「はは、確かに俺はかなりの田舎に住んでたから君のような子を見るのが初めてだったんだ。じろじろ見てごめんな」
「⋯⋯へえ、お兄さん謝ってくれるなんて優しいね」

へにょ、と笑うルルにレグルスも毒気を抜かれて口元しか見えないだろうがうっすらと微笑む。
ルルはしょうがないなぁ、と言葉を零すとぴょん、と宿屋のカウンターを飛び越えてレグルスの前に着地した。

「仕方ないからルルがお兄さんを案内してあげるよ」

にかり、と白い歯を見せて笑うルルに、レグルスは「頼む」と言って自分も笑った。
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