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しおりを挟む冷りとした鉄柵に触れて、力を入れてみても虚しくガシャン、と音が鳴るばかりで外れそうもない事を理解した男は、薄暗い穴の中を見つめた。
「⋯⋯だいぶ深そうだな」
目を細めてみても、穴の奥は暗闇が続くばかりで陽の光が差し込まない洞穴の中にはどこまでも真っ暗な空間が広がっている。
男は、この場にいても外に出られる訳でもなし、奥に進んでみるしかないか。と諦めると痛む体を引き摺りながら穴の奥へと足を進めた。
片手で洞穴の壁に手を付きながら、壁伝いに足を進めて行く。
奥に進んで行く内に分かったが、この洞穴の鉱石の中には自ら光を発光する物が含まれているらしく、太陽の光の届かない中でもぼんやりと辺りを薄明るく照らしている。
「⋯⋯こんな石があるんだな」
男は感心したように呟くと、その明かりを頼りに少しづつ奥へ奥へと進んで行く。
あの地下牢に閉じ込められていた長年が嘘のように自由に動ける今、微かに弾む自分の鼓動に男は苦笑した。
死ね、と言われてこの洞穴に入れられた今の方が生きているという実感がある事に笑えてくる。
しんと静まり返った洞穴の先に本当に古代龍など居るのだろうか。
古から続く生贄の儀式の為に自分はこの洞穴に連れてこられたのかもしれない、と男は微かに希望を見出した。
「この中で、どこか外に繋がる場所があれば⋯⋯」
もしかしたら生きて外に出られる可能性もあるかもしれない、と僅かに希望を見出したその時。
洞穴の奥から、確かに生き物の息遣いを自分の耳が捉えた。
「──っ!」
巨大で、威圧的なその存在感。
まだかなり距離があるにも関わらず、その気配は確かに男のいる場所にまで伝わってくる。
カタカタと震え出す自分の両足に、細く怯えるような吐息が自分の唇から零れ落ちる。
これ、は駄目だ。
自分は助からない。
瞬時に理解する。
奥から漂うその気配に自分の細胞がこの場から逃げろ、と瞬時に沸き立つ。
だが自分の思いとは裏腹に両足はその場に縫い付けられてしまったかのように動かせない。
侵入者に対する威圧感、だろうか。
入口は塞がれていて外に逃げ出す事は出来ない。
この場に留まっても食料も何もないこの場所では餓死するのも時間の問題だろう。
餓死するくらいならば。
「俺の体が食料になるのならば⋯⋯」
男は諦めたように笑うと、震える足を叱咤しゆっくりと奥へと歩む。
どうせ死ぬ運命なのだ。それならば自分の体が古代龍の糧となる方がただ死ぬよりましだ。
男は圧倒的な存在感を醸し出す方向へとゆっくりと進んで行った。
大きな気配と威圧感の気配のする方向へ進んで暫く。
ようやく男はその場所へと辿り着いた。
狭い通路を壁伝いに歩いて行くと、通路の先が大きく拓けた空間となっていた。
その場所にはキラキラと輝く鉱石が多く壁に含まれているようで、通路の薄暗さが嘘のように明るい空間だった。
拓けた空間には湖があり、鉱石から発光する光を水面に反射させて湖が輝いている。
少しの濁りもない湖は深い底にまで光が届き、底にも発光する鉱石がある為か下からも輝きを反射してとても幻想的な雰囲気となっていた。
その美しい湖の奥にそれはいた。
ごうっ、と風が轟き低く重い音が空間に木霊する。
古代龍の声なのだろうか、通路の先から姿を表した男に威圧するように風を轟かせる。
──人間、か?
声なのだろうか、低く重たい音が空間に木霊する。
男はそのまま足を進めて拓かれた空間へと自身の体を表すと古代龍を見つめる。
黒曜石のように輝く鱗がびっしりと龍の巨体を覆い、空の色を写したような瞳は宝石のように輝いている。
──いや、人間ではないか?
つい、とその空色の瞳に見つめられて自分の体が緊張で硬直するのがわかる。
この声のような物に答えた方がいいのだろうか?答えても龍に通じるのだろうか、と考えた所で男が口を開く前に古代龍が体をのそり、と動かした。
『貴様、人間と精霊の混じり者だな。珍しい者がきたものだ』
先程のような重苦しい声のような物ではなく、人の声のような音が響く。
「古代龍は、喋れるのか⋯⋯?」
驚きで素直にそんな感想が自分の唇から零れ落ち、男は失言をした、と自分の唇を片手で塞いだ。
『我等は何千年と生きるのだ、人間の話す言葉を理解し、操るなど造作もない』
古代龍の声音に楽しげな雰囲気が僅かに混じっている事に男は気付くと、躊躇いながらも唇を開く。
「俺、はここに生贄として寄越された⋯⋯あんたがこの洞穴にいる古代龍で合っている、んだよな?」
『いかにも、私がこの洞穴に住まう者だが。生贄⋯⋯?そんな物私は望んでいない』
古代龍は太い首を巡らせ、男の方向へ顔を向けると瞳を細めて答える。
「望んでいない、と言われても⋯⋯生贄として来た以上古代龍の糧になるのが俺の役目だ」
『⋯⋯精霊の血をその身に宿すお前が?正気か』
「さっきから精霊の血と言うが、俺には精霊の血が混じっているのか⋯⋯」
姿を表したらすぐに食い殺されると思っていたが、存外目の前の古代龍は会話を楽しんでいるのか殺してくれる気配がない。
男は緊張に張っていた肩の力を抜くと、その場にペタンと座り込んだ。
「そんな話し聞いた事もない⋯⋯いや、今日父親という者が言っていたか⋯⋯」
確か母親は精霊の血が混じっているような事を言っていたが、すぐに亡くなった為嘘だったのだろうと言っていた。
あの話が本当だったのだろうか。
『お前の気配からは人間と精霊の両方の気配を感じる。それなのに私に食われに来た、と言うのか?』
「それが、生まれてから与えられた俺の役割だから⋯⋯」
諦めたように呟く男に古代龍は面白そうに笑った。
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