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第三十六話
しおりを挟むクライヴは、ティアーリアの自室から出て廊下を歩きながらそっと廊下に取りつけられている窓から外に視線を向ける。
薄らと空が白んで来てはいるが、まだ濃紺の帳が下りていて外の景色は窺えない。
余り足音を立てないように注意しながら自室まで戻ると、そっと扉を開けて入り込む。
まだ邸の使用人達が起きて行動し始めるのには少し時間があるだろう。
クライヴは、先程ティアーリアの自室から回収した仕事の書類を自室のテーブルの上に乱雑に放ると、そのままソファにどさり、と腰を下ろした。
ティアーリアが無事目を覚ましてくれた事と、再度自分達の気持ちを伝え合えた事に緊張の糸が切れたように突然睡魔が襲ってくる。
だが、夜明けまで時間もない。
このまま仕事をしてしまった方がいいだろう。
クライヴは厚手のガウンを肩に羽織ると、テーブルにある酒をグラスに注ぎ書類の一枚を手に取った。
その書類には、とある貴族達の不正の証拠がびっしりと載っている。
国で禁止されている禁止賭博への参加、奴隷の売買、領地の税収の横領。
上げ始めれば大きい犯罪紛いの事柄から、小さい違法の事柄までずらっと記載されている。
流石にアウサンドラ公爵領では犯罪めいた行動は起こしていないが、目に余る程の罪の数々にクライヴは頭を抱えたくなる。
数年前に小さな争いが国境付近で度々繰り返されていたせいか、その間どうしても国内への目が緩くなってしまう。
その期間に小さな悪事の芽が至る所で芽吹き始め、時間が経過した現在大きな苗となってしまっている。
「相当数の貴族が粛清されるな、これは······」
クライヴは記載されている貴族の名前を自分の指先でつつー、と辿っていく。
これは、この相当数の貴族が粛清されたら父上も大変だな、と何処か他人事のように考えているとクライヴの指先がある貴族の名前の箇所でぴたり、と止まった。
「──人に向けた悪意は、必ず自分に返ってくる物だな」
クライヴは瞳を細めて静かに笑うと、グラスに入れた酒を煽った。
遮光性のあるカーテンから陽の光が漏れ入り始めて、クライヴはふと視線を上げた。
窓をしっかりと覆うカーテンから光が漏れ始めていて、日が登ってきたのだ、と認識するとソファで一度大きく伸びをする。
伸びをした拍子に、クライヴの体からバキ、と骨が鳴る音が聞こえてくる。
クライヴはぐるぐると自分の腕を回すと、書類仕事で凝り固まった自分の体をぐっと伸ばした。
「ある程度一段落付いたか······」
クライヴは邸の中で使用人達が動き始める気配を感じ取り、仮眠を取るか、とベッドへ歩いて行くと掛け布団を両手で持ち上げてソファへと戻って来る。
ベッドに横になってしまえばぐっすりと眠ってしまうだろう。
日が昇りきったら、ティアーリアの元へ再度様子を見に行きたい。
小一時間程仮眠をすれば頭もすっきりとするだろう、そう考えてクライヴはソファに横になると深く息を吐いてから瞳を閉じた。
ゆさゆさ、と自分の体が優しく揺さぶられている感覚にクライヴの意識が浮上してくる。
「──······ま、──クライヴ様」
「ん······ティアーリア」
耳に届く愛しい人の声音に、クライヴは自分の目元を覆っていた腕をうろ、と彷徨わせると自分の手のひらがしっかりと温もりに包まれる。
「クライヴ様、寝むられるのであればベッドへ行ってください」
体を壊してしまいます、と続けて声をかけられ、クライヴは夢現だった自分の意識が急速に覚醒して行くのを感じる。
ばちり、と目を開くと自分を心配そうに覗き込むティアーリアの顔があって、慌ててクライヴはソファに起き上がった。
「──ティアーリア!?何故ここに!?」
「少し前に私も目を覚ましました······侍女を呼んで、お医者様の手配をして貰っていたのですが、侍女からクライヴ様が起きて来られない、と聞いて······申し訳ございません、勝手にクライヴ様の自室に入らせて頂きました」
「いや、全然。ティアーリアはいつでも私の自室に来て頂いて大丈夫ですが、ティアーリアこそ体調は!?」
焦ったようにクライヴはティアーリアの頬に自分の手を添えると、熱は無いか、顔色は悪くないか、と触れて確認していく。
クライヴの行動に擽ったそうに笑うティアーリアは、「大丈夫です」と声を上げるとクライヴにちゃんとベッドで眠るように促す。
「ありがとうございます、ティアーリア。けれど、私も起きて仕事をしなければ」
お互い晴れやかな表情で笑い合うと、自然と唇を寄せ合う。
軽く触れるだけの口付けを交わすと、クライヴはソファから立ち上がり、ティアーリアの手を取って自室の扉へと歩んでいく。
「取り敢えずティアーリアは自分の部屋に戻って、医者にちゃんと診て貰って下さい」
「ふふ、ありがとうございますクライヴ様。だけどクライヴ様も休むべき時は休んで下さいね」
ティアーリアがすっきりとした表情で笑顔を見せてクライヴに声をかける。
今までのような、何処か遠慮しているような雰囲気はすっかりと無くなっていてクライヴも自然と笑顔になる。
沢山勘違いを繰り返して、何度もお互いの気持ちを失いかけた二人だがやっと胸の中に抱いていた不安が解けて無くなったのだろう。
特に、クライヴよりティアーリアの方が晴れ晴れとした表情をしていて、その事からティアーリアは長い間胸の中にわだかまりを感じていたのだろう。だが、それもやっとわだかまりが解消されて晴れやかな表情をしている。
クライヴとティアーリアは二人で顔を見合わせ笑い合うと、ゆっくりとティアーリアの自室へと向かって行った。
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