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第三十五話

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お互い、気持ちを改めて伝えあっている内に、ティアーリアは病み上がりで万全の体調ではなかった事から眠りに落ち、クライヴも連日ティアーリアを心配して睡眠不足だった事もあり、クライヴもティアーリアを抱き締めたまま眠りに落ちてしまった。

二人が眠りに落ちてしまってから暫くして、クライヴは目を覚ます。
夜の冷え込みに、自分の体がぶるり、と震えた。

「ティアーリア······っ!」

あのまま寝入ってしまった自分の失態に胸中で舌打ちすると、慌ててクライヴはティアーリアに視線を向ける。
ティアーリアの体にはしっかりと掛け布団が掛かっており、布団から出ているのは自分の体だけだった事にクライヴは安堵の吐息を零すと、しっかりとティアーリアの体が冷えないように布団を掛けてやる。

「──このまま同じベッドにいるのは流石に不味い」

折角誤解も解け、しっかりと自分達の気持ちを伝えあった後である為このまま朝までティアーリアの部屋で過ごしたい所ではあるが、未だ正式に夫婦になった訳では無い。
何もしていないとは言え、流石に同じベッドで朝を迎えるのは宜しくない、と考えてクライヴは自室へ戻ろうとティアーリアからそっと体を離そうとした。
だが、クライヴが体を離そうとするとぐっ、と服の裾を引っ張られる感覚がする。

「まさか······」

クライヴが焦り気味に引っ張られた感覚がする場所に視線をやると、ティアーリアがしっかりとクライヴの腰あたりのシャツを握り締めている。
クライヴはティアーリアを起こさないように手を外そうと苦戦していると、隣からティアーリアの唸るような寝息が聞こえてきて、ぎくり、と体を強ばらせる。
気持ちよく眠りについているのに、起こしてしまうのは忍びない。

「──ああ、くそっ」

クライヴは困り果てて語気荒く言葉を発すると諦めて自分もティアーリアのベッドに横になる事に決めた。
ティアーリアが握り締めている服の裾はそのままに、クライヴは横向きでベッドに潜り込むとティアーリアをしっかり抱き寄せて瞳を閉じた。

「眠れそうにないな······」

しっかりと目が覚めてしまったクライヴは、自分の腕に抱き込んだティアーリアの柔い体に邪な感情を抱いてしまうのを必死に押さえ付けて、夜明けまでの数時間ただ只管に仕事の事やイラルドの顔を思い出して意識を逸らし続けた。








──何だか、とても暖かい

ティアーリアはゆっくりと浮上してくる自分の意識に、ぼうっとそんな事を考える。
暖かくて、安心する何かに、ティアーリアは自然とその存在に強く抱き着いた。
ぐりぐりと自分の額を押し付け、甘えるように縋り付く。

頭上から、何かを飲み込むような音がしてふわふわとした覚醒しきらない頭で不思議に思っていると、突然強い力で自分の体を抱き締められた。

「──ひゃっ!」

隙間なくぎゅうぎゅうと何かに抱きしめられて、その衝撃でティアーリアの頭が完全に覚醒する。
ぱちり、と目を開くと自分の目の前にはクライヴの乱れた胸元が視界に飛び込んできて、一気に頬が熱を帯びる。

「──おはようございます、ティアーリア」
「クライヴ様、おはようございます······」

頭上から甘ったるい声音で自分の名前を呼ばれ、ティアーリアは真っ赤に染まったまま、そろそろとクライヴに視線を移す。

「体は?もう辛くありませんか?熱もない?」
「ええ、平気です」

そっとクライヴの手のひらがティアーリアの額を覆う。
熱が無いことを確認すると、クライヴが安心したように微笑んだ。

「も、申し訳ございませんクライヴ様。あれから、寝てしまったのですね」

いつから寝顔を見られていたのだろうか、ティアーリアは恥ずかしさのあまりクライヴから視線を逸らしながらごにょごにょと口先で呟く。

「謝る事はありませんよ、恥ずかしながら私も寝てしまったようなので」

クライヴはそう答えると、ティアーリアを抱きしめていた腕を解く。
そこで、ティアーリアは自分の手がしっかりとクライヴのシャツの裾を皺が出来てしまう程握り締めていた事に気付き、慌てて手を離した。

「も、申し訳ございませんっ私がクライヴ様の服を離さなかったせいでお戻りになれなかったのですね······!」

何と子供じみた事をしてしまったのだろうか。
ティアーリアは更に頬を染めるとそっとクライヴから視線を逸らす。
そのティアーリアの態度に、クライヴは幸せそうな表情で破顔するとベッドに上半身を起き上がらせて足を下ろす。

「気にしないで下さい、それでもティアーリアを離さなかったのは私ですから。······ただ、このまこの場にいるのは流石によろしくないので、そろそろ私は部屋に戻りますね」

軽く身なりを整えると、クライヴは腰を曲げティアーリアの額に唇を落とす。

「ティアーリアは、まだ寝て下さい。やっと体調が戻って来たのですから無理は禁物です。午前中に医者を手配するので、必ず診てもらって」
「はい」

クライヴがティアーリアに優しく笑いかけると、ティアーリアも幸せそうにはにかんで返事をする。
クライヴは、ティアーリアの頬をそっと撫でると、「また来ます」と言葉を残してティアーリアの自室から出ていった。

──ぱたん、と軽い音を立てて閉まる扉を見つめながらティアーリアは頬を染めたままクライヴの温もりが残る箇所にころり、と寝返りを打つと幸せそうに口元を綻ばせて瞼を閉じた。
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