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第三十四話

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目を覚ましたティアーリアに、クライヴはぐっ、と近付き顔を覗き込む。

「──ああっ、ティアーリア!目が覚めたんですね、良かった······!」
「──ぁっ」

ティアーリアは、クライヴの顔を見るなり眉を寄せ表情を歪ませるとクライヴの視線から逃れるように背を向ける。

「······っ」

クライヴは、自分の視線からまるで逃げるように顔を背けたティアーリアに悲しそうに瞳を細めると、自分から逃げるように向けられた背中に視線をむける。

(やっぱり、もうティアーリアは俺の事を嫌ってしまったのか······)

クライヴはじわじわと滲んでくる自分の涙で視界を歪ませると、ぎゅっと唇を噛み締めた。
先程、ティアーリアが自分と視線を合わせた時に見せた悲しげな表情に、クライヴは何と声を掛ければいいのか分からない。
自分が発する言葉で、またティアーリアを傷付けたら。そう考えると、クライヴはティアーリアと今までどうやってあんなふうに普通に会話を出来ていたのか、と苦しくなる。

自分とはもう話等したくない、というのが背中を向けたティアーリアの答えなのだろうか。
クライヴはティアーリアの背中に視線を向けると、ティアーリアの肩が細かく震えている事に気付く。

「──、ティアーリア」
「······ふっ、ぅ」
「ティアーリアっ!」

細く漏れ聞こえて来るティアーリアの嗚咽に、クライヴは目を見開いてベッドに片足を乗り上げるとティアーリアの肩を掴んで無理矢理自分の方へ振り向かせる。

「ぅ······っ」

勢い良く振り向かせたティアーリアの瞳は泣き濡れていて、か細くしゃくりあげながら苦しげに表情を歪ませている。
これ以上泣いて体温が上がってしまうと、せっかく熱が下がったのに体に良くないかもしれない。
クライヴはそう判断すると、ティアーリアから体を離し、医者を呼んでもらおうとベッドから離れようとした。

ティアーリアは、自分から体を離し視線を逸らしたクライヴにぶわり、と更に涙を溢れさせると戦慄く唇で必死に言葉を紡ぐ。

「クラ、······っ、様っ──クライヴ、様っ」

自分の名前を必死に繰り返すティアーリアに、クライヴは弾かれたように振り向くと、ティアーリア!と声を上げてベッドへと戻ってくる。
ティアーリアは、まだ自分の呼び掛けに反応して戻って来てくれるクライヴに安堵すると、クライヴに向かって自分の両腕を伸ばした。

(──体、が重だるい······っ私は、久しぶりに熱を出してしまったのね)

久しく感じていなかった、発熱後特有の体のだるさにティアーリアはあの日、クライヴと言い合ってしまった日に明け方まで待ち続けてしまったせいで自分が熱を出してしまった事を理解した。
幼い頃より体力も付き、熱に倒れる事が少なくなったとは言え、ここ数日の慣れない環境下での生活や公爵夫人としての学びに自分でも気付かぬうちに疲れを溜めてしまっていたのだろう。

あの時、伝え損ねた事をクライヴにしっかり説明すればまだ間に合うだろうか?
それとも、クライヴはもう自分に失望してしまっただろうか?

それでも、例え失望していたとしてもクライヴは優しい人間だ。
だから、このように熱に倒れたティアーリアを心配して様子を見に来てくれたのだろう。
恐らく、医者も手配してくれているクライヴの優しさに触れてティアーリアは再び涙が滲んでくる。

少しでもまだクライヴが自分に愛情を持ってくれていれば、自分の腕を掴んでくれるだろうか。
ティアーリアは、もう一度自分の震える唇でクライヴの名前を呼ぶ。

「クライヴ様······っ」
「ティアーリアっ!」

ティアーリアがクライヴの名前を呼んだ瞬間、クライヴへ伸びていたティアーリアの腕をクライヴが強く掴み、そのまま自分へ引き寄せるとクライヴの腕に強く抱き締められる。

「ティアーリア、良かった······貴女が熱に倒れた、と連絡があった時、私の心臓は止まるかと思った······」

しっかりと自分の腕に抱き込み、クライヴは縋るようにティアーリアの頭に頬を擦り寄せる。

「もう、体は大丈夫ですか?辛い所はない?」
「ん、クライヴ様、苦しいですっ」

ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるクライヴに、ティアーリアは息苦しさを感じてクライヴの背中をトントンと叩く。
ティアーリアのその言葉にクライヴははっと瞳を見開くと、抱き締めていた腕の力を緩める。

「すみません、安心して強く抱き締めてしまった······」
「いえ、心配して下さって嬉しいです」
「ティアーリアを心配するのは当然です······酷い態度で貴女を傷付け、寒い中、一晩中待たせてしまった私が悪い」

しっかりと視線を合わせて話すクライヴに、ティアーリアは先日クライヴの瞳に垣間見た失望の感情が現れていない事に心の底から安堵する。
まだ、自分はクライヴの伴侶としての居場所がある。
クライヴの瞳から強い後悔の感情と、ティアーリアを心配する感情、そして安堵が見えてティアーリアはふるふると自分の首を横に振った。

「違うんです、私がクライヴ様に伝え方を間違ってしまったのがそもそもいけなかったのです······っ」
「間違った?」

ティアーリアの言葉に、クライヴが不思議そうに言葉を返す。
ティアーリアはこくり、と頷くとクライヴにしっかりと視線を合わせて先日の自分の発言の説明をしよう、と唇を開いた。

もう、これ以上クライヴとすれ違いたくない。
その一心でティアーリアはその日の自分の発言の真意を話し始めたのであった。
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