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第三十二話
しおりを挟む翌朝、いつまで経っても食堂に姿を見せないティアーリアにクライヴは焦りと心配で気がおかしくなりそうになっていた。
「やはり、昨夜ティアーリアの部屋にいけば良かったのか······」
だが、またあのように拒絶されたら。
その恐怖心でクライヴは自分が傷付きたくない、という我が身可愛さにティアーリアから目を逸らした。
その愚かな昨夜の自分の対応の罰がこれなのか、とクライヴは思い、食堂に姿を表さないティアーリアを心配してクライヴはメイドにティアーリアの自室へ様子を見てくるように頼んだ。
急いで食堂を出ていくメイドの後ろ姿を眺めながら、クライヴは額に手を当て俯く。
ティアーリアが食堂に現れたら何を話そう。
まずは、昨日の事を謝罪して、そして誤ちだ、と言っていたティアーリアの言葉の真意を聞いて、と考えていると先程ティアーリアの元へと行かせたメイドが泣き出しそうな表情で食堂に駆け込んできた。
常にないメイドの慌てた態度に、クライヴは嫌な予感がしてその場に勢い良く立ち上がる。
クライヴが立ち上がると同時に、メイドが叫ぶように報告をしてくる。
「クライヴ様っ!ティアーリア様が······っ!」
「──っ」
悲痛なその表情で、ティアーリアの身に何か良くない事が起きたのだと言う事を察したクライヴはティアーリアのいるであろう自室へとすぐさま駆け出した。
ティアーリアの自室に続く廊下を駆け抜けると、廊下にいた使用人達が慌てている様子が目に入る。
使用人達がクライヴの姿を視界に入れると、壁際に寄り、クライヴに道を譲るのを横目に確認しながらティアーリアの自室へと辿り着く。
「ティアーリア!」
扉を乱暴に開け放ち、ティアーリアの名前を叫びながら自室に足を踏み入れる。
室内には、数人のメイドがいて、ティアーリアに必死に話しかけている。
メイドが囲んでいるソファにクライヴは近づいて行く。
何故、そんな場所にメイドがいるのか。
何故、ティアーリアの美しく波打つシルバーの髪色がベッドの上ではなくソファから見え隠れしているのか。
(まさか、一晩中ソファに──!)
ソファまで駆け寄ると、そこにはクライヴが想像していた通りソファに力無く、くたりと凭れかかっているティアーリアがいた。
その顔色はとても悪く、急いでクライヴがティアーリアに触れるとティアーリアの体は驚く程に発熱していた。
「──っ、医者をすぐに呼んでくれ!」
クライヴの鋭い声に、部屋にいたメイドは返事を返すとバタバタと慌ただしくティアーリアの部屋から出ていく。
「君達は何かもっとティアーリアに掛ける物を······っ!」
焦りながらクライヴが残っているメイドに指示を飛ばす。
クライヴはティアーリアを抱きかかえるとすぐさまベッドに運び、横たわらせるとすぐに掛け布団をティアーリアにかける。
メイドが持ってきた予備の毛布類を更にその上からばさばさと掛けていくと、冷え込みで熱を出したティアーリアの体温を通常の体温に戻させる為に汗をかかせるため、しっかりと首元まで毛布を引き上げる。
ティアーリアの色白の顔が熱のせいで真っ赤に染まり、苦しそうに息を乱し呼吸をするその姿にクライヴは深く後悔する。
ティアーリアの室内をよく見渡せば、夜中クライヴの訪れを待っていたのだろう。
いつものお茶の準備がされていて、ソファの前のローテーブルにはクライヴを待つ間読んでいたのであろう本が数冊置かれていた。
「すまない、ティアーリア······っ」
クライヴはティアーリアの手を取ると、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返し伝えながら祈るように握ったティアーリアの手を自分の額に持っていく。
クライヴがティアーリアに何度謝罪の言葉を伝えた事だろうか。
暫しして、やっと医者が到着した事が伝えられる。
クライヴはすぐに部屋に通すように伝えると、ティアーリアを診て貰う為、そっと手を離すとベッドから腰を上げて医者の訪問を待つ。
医者が到着し、ティアーリアを診て貰った結果、一晩中冷えに晒された事と、寝不足により体調を崩したのだと伝えられる。
「しっかり睡眠を取り、目が覚めたらたっぷり栄養のある食べ物を取って頂ければ時期に体調も回復するでしょう」
「本当に······?本当にただの風邪か?」
クライヴは幼い頃から診てもらっている公爵家お抱えの医者に何度も確認して、変な病気ではない事を確認すると、ほっとして力が抜けたようにソファに腰を下ろした。
「ええ、大丈夫ですよ。······ただ、ティアーリア嬢は元々お身体が弱いお方ですかな?」
「ああ、そうだ。幼い頃に大きな病気を患っていた」
「それならば、あまり体に負担をかけないようにした方が良いですね。長年大病を患っていた方は体力が少なく、抵抗力も弱い。季節の変わり目等は特に注意が必要ですよ。お身体の調子を崩しやすいので」
「──っ、分かった。ありがとう」
医者から何種類かの薬を処方されると、お大事に、と言葉を残して部屋から退出した。
「ティアーリア······」
クライヴはベッドの上で苦しげに呼吸をするティアーリアにそっと近付くと、前髪を退かして冷水に浸した布を固く絞り額に乗せてやる。
その瞬間、苦しげに寄せられていたティアーリアの眉が和らいだように見えて、クライヴは泣きそうになった。
その日、ティアーリアが目を覚ます事はなく、翌日になっても目を覚まさないティアーリアにクライヴはずっとティアーリアの側を離れなかった。
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