31 / 39
第三十話
しおりを挟むしっかりとクライヴに瞳を見つめられて、問いかけられた言葉にティアーリアはどきり、と自分の鼓動が跳ねるのを感じた。
咄嗟にクライヴから視線を逸らし、別にいつも通りだと言葉を返したが、クライヴの腕が緩む事はなく、ティアーリアを抱き締めたまま逃がしてくれない。
「クライヴ様······」
困ったように眉根を下げるティアーリアに、クライヴは追い詰めるような事をしてしまって申し訳ない気持ちが込み上げるがティアーリアを悲しませる事柄は取り除かなければいけない。
辛抱強くティアーリアの瞳を見つめ続けると、程なくしてティアーリアが諦めたのか、自分を抱き締めるクライヴの腕に、そっと自分の腕を重ねた。
「······クライヴ様が幼少の頃、ボブキンス侯爵家のご令嬢、マーガレット嬢と婚約予定だったと本日お聞きしました」
やはり、その事をずっと気にしていたのか、とクライヴは余計な事を話したボブキンスの令嬢に怒りを覚えるが、ここで偽りを述べても意味が無いので、ティアーリアに頷く。
「ええ、確かに私とボブキンス家の令嬢との縁組が話に上がった事はありますが、それは縁がなかった、とお流れになりました」
「やはり、そのお話は本当にあった事なのですね」
ティアーリアが悲しそうに瞳を細める姿にクライヴは困惑する。
縁がなく、婚約の話が流れる事は高位貴族であれば普通の事であり、クライヴはこの話しが何故ここまでティアーリアが悲しむ事柄になるのか理解出来ない。
寧ろ、自分にとっては流れて良かったとさえ思っているのだ。あの時、あの領地でティアーリアと出会えなければ愛ある結婚が出来なかっただろう。あのまま形式的に婚約して、結婚してしまっていたら自分は人を愛するという事を生涯知らずに生きていたかもしれないのだ。
「あの時、私と出会ってしまったが為にクライヴ様の、アウサンドラ公爵家の大事な縁組を流してしまったのだと······思い······私は大きな過ちを犯してしまったのかと······」
「──ティアーリア······」
悲しそうに、辛そうに話すティアーリアにクライヴは言われた言葉が飲み込めず、呆然とする。
過ち、だと。
自分との出会いを、あの愛おしい一週間を過ちだと、思っていたのか。
ボブキンス侯爵令嬢と話してから、帰ってくるこの時までそう考えていたのか、と考えクライヴは自分の気持ちが何一つティアーリアに通じていなかった事に愕然とする。
「本当、に。そう思っているのですか······私との出会いが過ちだった、と······」
低く、呻くように呟かれたクライヴの言葉にティアーリアはびくり、と体を震わせる。
「違います······っ、過ちなんかじゃなくって、私がお伝えしたかったのは······!」
「黙って」
ティアーリアは、自分の伝えた言葉がクライヴに何か歪曲して伝わってしまった事に慌てて言い募ろうした。
自分とのあの領地での一週間のせいで、もしかしたらクライヴの縁を邪魔してしまったのであれば、謝ろうと。
自分と出会ってしまったが為にアウサンドラ公爵家の大事な縁組を破談にしてしまったのであればきちんと謝罪をしたかった。
そして、それでも自分はクライヴが好きなのだ、と伝えるつもりだった。
クライヴに訪れていたかもしれない良縁を無くしてしまった事に負い目はあるけれど、あの時クライヴと会えた事で今自分はとても幸せなのだ、と自分の気持ちを伝えようとした。
確かに最初、侯爵令嬢に話を聞かされた瞬間は驚き、そして自分との出会いのせいでクライヴの縁を潰してしまった事に申し訳なさと後ろめたさを感じたが、それでもクライヴを好きになってしまったのだ。
申し訳ない気持ちはあるが、だからといってクライヴを諦める事はもう出来ない。
だから、ティアーリアはそう伝えようとした。
けれど自分は言い方を間違ってしまったようで、クライヴから今まで聞いた事のない程低く冷たい声音で遮られた。
そして、ティアーリアが怯んだ瞬間にクライヴは苛立ちを露わにしてティアーリアに強引に口付けて来た。
「──んう!」
今までの優しく思い遣りのある口付けではない。
怒りを顕にしたクライヴの噛み付くような口付けに、ティアーリアはびくり、と震えると固まってしまった。
クライヴに今まで感じた事のない恐怖を感じ、ティアーリアは恐怖から逃れるように強く瞳を閉じた。
強く閉じた瞳から、驚きと恐怖に思わず涙が一筋頬を伝って溢れ落ちる。
ティアーリアの頬を包み込んで口付けるクライヴは、ティアーリアの濡れた頬に気付いているはずなのに唇を離してくれる素振りはなく、酸欠状態に陥ったティアーリアは思わずクライヴの胸元を何度も叩いた。
ティアーリアの必死の抵抗にやっと唇を離してくれたクライヴが、怒りや憤り等の複数の感情を瞳に滲ませてティアーリアを射抜く。
「──あ、」
ティアーリアは、クライヴの瞳の中に悲しみと、もう二つの感情を垣間見てしまい、緩んだクライヴの拘束から勢い良く抜け出すとその勢いのままクライヴの自室から転げ出るように駆け出た。
「ティアーリア!」
背後から自分を呼び止めるクライヴの声が聞こえたが、ティアーリアは立ち止まる事無くその場を後にする。
涙で滲んでくる視界に、先程垣間見えてしまったクライヴの瞳に浮かんだ感情を思い出してとうとう涙がボロボロと零れ落ちて行く。
クライヴの瞳に浮かんだ感情、それは
失望、と落胆だった。
そして、その日の夜。
クライヴの邸宅に招かれてから初めて、ティアーリアの自室にクライヴが訪れなかった。
50
お気に入りに追加
2,700
あなたにおすすめの小説
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。
【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる