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第二十七話

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クライヴはティアーリアの額、瞼、頬と順に口付けを落としていくとコツン、と最後にお互いの額同士を合わせて微笑む。

「私がいない間、大丈夫でしたか?何も嫌な思いはしていませんか?」

瞳をしっかりと合わせて聞いてくるクライヴに、ティアーリアは先程のマーガレットとの会話を一瞬思い出してしまい、ちくりと自分の胸が痛むのを感じたが、すぐに気持ちを切り替えるとクライヴに微笑み返す。

「ええ、特に何もございませんでした。護衛の方についてもらって、付近の散策も出来ましたし、有意義な時間を過ごさせて頂きました」
「······そうですか、それは良かった」

ふふ、とお互い微笑み合いながら会話を交わしていると森の方向から続々と男性達が戻ってくる。
全員戻って、仕留めた獲物の確認をした陛下が今年の狩猟祭の優勝者を発表する。
優勝者の発表は陛下の独自の判断方法なので、誰が優勝者に選ばれるか分からない。

クライヴは汚れを落としてきますね、とティアーリアに伝えると、自身の天幕へと戻るためそちらの方向へと足を向ける。
その際に、ティアーリアの護衛をしていた者へ視線を向けると、天幕を視線で示しそのままクライヴは天幕へと入っていった。



「──お呼びですか、クライヴ様」

ティアーリアの護衛の一人、ハインツがクライヴの天幕に足を踏み入れその場で頭を下げる。
いつものように侍従のイラルドに着替えの手伝いをしてもらいながら、クライヴはハインツへと視線を向ける。

「ティアーリアに元気が無かった。俺がいない間に何があった?」

低く尋問するような響のその声に、ハインツとイラルドは背筋を波立たせるとその場でしゃきっと背筋を伸ばす。
ハインツは緊張でからからに乾く自分の喉から震える声音で先程のマーガレットとのやり取りをクライヴに報告する。
その話を聞いていたクライヴは、眉間に皺を寄せると唇を開く。

「──そんな話あったか?誰だ、マーガレット嬢とは······」
「ほら、あれですよクライヴ様」

本気で身に覚えが無く、怪訝そうに言葉を零したクライヴにイラルドは声を出す。

「昔、クライヴ様がティアーリア様と初めて会った頃に縁談の話が来てる、とお父上が仰ってたじゃないですか。あの頃のクライヴ様はティアーリア様に一目惚れして、滞在期間も伸びた事からその縁談は自然とお流れになったじゃないですか」
「······確かに、あの頃クライヴ様には縁談の話がありましたね。確かそのお相手の家名がボブキンスだったような······」

イラルドとハインツの言葉に、クライヴはすっかり忘れていた自分への縁談話を思い出し、「ああ、確かに何か来てたな」と呟く。

だが、あの頃は母の病気や争いが起きていて慌ただしく過ごしていた。
縁談の話も何度か来ていたそうだが公爵家が慌ただしく、また自分はあの日からティアーリアの事を忘れられなかったので全て断っていた。
クライヴの父親も、クライヴの気持ちを察してくれていたので結婚については時間を貰っていた。
現公爵もまだ年若い40代前半だ。急いで息子に家督を継がせなくても大丈夫だろう、と好きにさせてくれた。
恋愛結婚が多いこの国に生まれて本当に良かった、とクライヴは何度も感謝していた。
そうでなければ自分はとっくに対して興味のない令嬢と政略結婚をしていた事だろう。

「ボブキンス······、ボブキンス侯爵家か」

クライヴは確かにあそこの令嬢から夜会等で何度も話し掛けられたな、と思い出す。
興味が無くて適当にあしらっていたが、ティアーリアに手を出して来たのであれば容赦はしない。

「確かあの侯爵家には跡継ぎの令息がいたな······」
「ええ、先程ティアーリア様に必死になって話し掛けておりましたね」

クライヴの呟きに、イラルドがあっさりと言葉を返す。

「なに!?どれだ?」
「あの先程婚約者がたまたまいなくて、と言っていた男性ですよ」

へらへらと軽薄な笑みを浮かべてティアーリアに言い寄っていた男の顔を思い出し、クライヴはあれが侯爵家の跡継ぎだったのか、と信じられない気持ちでイラルドに視線を向ける。
確か最近、あの侯爵家は跡継ぎの令息に婚約者が出来た、と話に上がっていた。
相手の令嬢も年はティアーリアと同い年の17か、18そこら辺だったはずだと記憶している。

婚約者がいながら、他の令嬢に声を掛けるなんて何て軽薄な男なのだろう、とクライヴは苛立ちを顕に唇を噛み締める。
侯爵家の跡継ぎも、令嬢も、自分の大事なティアーリアに嫌な思いをさせるのであればどうしてくれようか、と考えながらクライヴは着替えを終えると天幕を出てティアーリアの元へと向かった。
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