28 / 39
第二十七話
しおりを挟むクライヴはティアーリアの額、瞼、頬と順に口付けを落としていくとコツン、と最後にお互いの額同士を合わせて微笑む。
「私がいない間、大丈夫でしたか?何も嫌な思いはしていませんか?」
瞳をしっかりと合わせて聞いてくるクライヴに、ティアーリアは先程のマーガレットとの会話を一瞬思い出してしまい、ちくりと自分の胸が痛むのを感じたが、すぐに気持ちを切り替えるとクライヴに微笑み返す。
「ええ、特に何もございませんでした。護衛の方についてもらって、付近の散策も出来ましたし、有意義な時間を過ごさせて頂きました」
「······そうですか、それは良かった」
ふふ、とお互い微笑み合いながら会話を交わしていると森の方向から続々と男性達が戻ってくる。
全員戻って、仕留めた獲物の確認をした陛下が今年の狩猟祭の優勝者を発表する。
優勝者の発表は陛下の独自の判断方法なので、誰が優勝者に選ばれるか分からない。
クライヴは汚れを落としてきますね、とティアーリアに伝えると、自身の天幕へと戻るためそちらの方向へと足を向ける。
その際に、ティアーリアの護衛をしていた者へ視線を向けると、天幕を視線で示しそのままクライヴは天幕へと入っていった。
「──お呼びですか、クライヴ様」
ティアーリアの護衛の一人、ハインツがクライヴの天幕に足を踏み入れその場で頭を下げる。
いつものように侍従のイラルドに着替えの手伝いをしてもらいながら、クライヴはハインツへと視線を向ける。
「ティアーリアに元気が無かった。俺がいない間に何があった?」
低く尋問するような響のその声に、ハインツとイラルドは背筋を波立たせるとその場でしゃきっと背筋を伸ばす。
ハインツは緊張でからからに乾く自分の喉から震える声音で先程のマーガレットとのやり取りをクライヴに報告する。
その話を聞いていたクライヴは、眉間に皺を寄せると唇を開く。
「──そんな話あったか?誰だ、マーガレット嬢とは······」
「ほら、あれですよクライヴ様」
本気で身に覚えが無く、怪訝そうに言葉を零したクライヴにイラルドは声を出す。
「昔、クライヴ様がティアーリア様と初めて会った頃に縁談の話が来てる、とお父上が仰ってたじゃないですか。あの頃のクライヴ様はティアーリア様に一目惚れして、滞在期間も伸びた事からその縁談は自然とお流れになったじゃないですか」
「······確かに、あの頃クライヴ様には縁談の話がありましたね。確かそのお相手の家名がボブキンスだったような······」
イラルドとハインツの言葉に、クライヴはすっかり忘れていた自分への縁談話を思い出し、「ああ、確かに何か来てたな」と呟く。
だが、あの頃は母の病気や争いが起きていて慌ただしく過ごしていた。
縁談の話も何度か来ていたそうだが公爵家が慌ただしく、また自分はあの日からティアーリアの事を忘れられなかったので全て断っていた。
クライヴの父親も、クライヴの気持ちを察してくれていたので結婚については時間を貰っていた。
現公爵もまだ年若い40代前半だ。急いで息子に家督を継がせなくても大丈夫だろう、と好きにさせてくれた。
恋愛結婚が多いこの国に生まれて本当に良かった、とクライヴは何度も感謝していた。
そうでなければ自分はとっくに対して興味のない令嬢と政略結婚をしていた事だろう。
「ボブキンス······、ボブキンス侯爵家か」
クライヴは確かにあそこの令嬢から夜会等で何度も話し掛けられたな、と思い出す。
興味が無くて適当にあしらっていたが、ティアーリアに手を出して来たのであれば容赦はしない。
「確かあの侯爵家には跡継ぎの令息がいたな······」
「ええ、先程ティアーリア様に必死になって話し掛けておりましたね」
クライヴの呟きに、イラルドがあっさりと言葉を返す。
「なに!?どれだ?」
「あの先程婚約者がたまたまいなくて、と言っていた男性ですよ」
へらへらと軽薄な笑みを浮かべてティアーリアに言い寄っていた男の顔を思い出し、クライヴはあれが侯爵家の跡継ぎだったのか、と信じられない気持ちでイラルドに視線を向ける。
確か最近、あの侯爵家は跡継ぎの令息に婚約者が出来た、と話に上がっていた。
相手の令嬢も年はティアーリアと同い年の17か、18そこら辺だったはずだと記憶している。
婚約者がいながら、他の令嬢に声を掛けるなんて何て軽薄な男なのだろう、とクライヴは苛立ちを顕に唇を噛み締める。
侯爵家の跡継ぎも、令嬢も、自分の大事なティアーリアに嫌な思いをさせるのであればどうしてくれようか、と考えながらクライヴは着替えを終えると天幕を出てティアーリアの元へと向かった。
108
お気に入りに追加
2,866
あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

愛してくれない婚約者なら要りません
ネコ
恋愛
伯爵令嬢リリアナは、幼い頃から周囲の期待に応える「完璧なお嬢様」を演じていた。ところが名目上の婚約者である王太子は、聖女と呼ばれる平民の少女に夢中でリリアナを顧みない。そんな彼に尽くす日々に限界を感じたリリアナは、ある日突然「婚約を破棄しましょう」と言い放つ。甘く見ていた王太子と聖女は彼女の本当の力に気づくのが遅すぎた。


姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです
珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。
だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。
そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる