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第二十六話
しおりを挟むマーガレットは扇子で自分の顔半分から下を隠すと不躾にティアーリアを頭のてっぺんからつま先まで視線を辿らせると、はぁとわざとらしく息を零した。
不躾な態度にティアーリアは眉を顰めたが、相手は現在の自分より格上の侯爵家の令嬢だ。
無礼な真似は出来ない。
恐らくクライヴが知ればボブキンス侯爵家等、どうとでも処理出来るのだがそんな考え等露ほども抱いていないティアーリアはマーガレットとまともに話をしようとしていた。
まともな人間であれば、先程のクライヴの溺愛ぶりを見てティアーリアに手を出そうとするなんて考えつかないが、嫉妬に焼かれた年若い令嬢は時に暴走してしまう。
「アウサンドラ公は、クランディア伯爵家のラティリナ嬢に顔合わせの申し込みをしたと聞いていおりましたが、何故姉君のティアーリア嬢がアウサンドラ公と共に?」
怪訝そうに瞳を細めて吐き捨てるようにそう告げるマーガレットに、ティアーリアは戸惑いながら唇を開いた。
「······それは、クライヴ様から直接本日の狩猟祭同行のお誘いと、顔合わせのお申込を受けたのが私でしたので······」
明確な悪意に晒される事に慣れていないティアーリアはおろおろとしてあまりにも気弱そうに見える。
深層のご令嬢、といったイメージのティアーリアに対して相手は数々の夜会で揉まれてきた侯爵家の令嬢である。
遠回しにティアーリアを侮辱するような言葉や、陥れるような言葉を自然に使う事には長けている。
ティアーリアが自信なさげにそう答えると、マーガレットは広げていた自分の扇子をパチン!と鋭い音を立てて閉じると迫力のあるつり目でティアーリアをつい、と見据える。
「あら、そうでしたの?てっきりわたくしは何か"間違い"が起きてアウサンドラ公とティアーリア嬢が共にいるのかと······」
「──どう言う意味でしょうか」
「そうですわね······先程お話の中で上がっておりましたのが病弱な妹君ではアウサンドラ公爵家の夫人は務まらないから、"ご健康な"姉君が本来妹君の場所だった所を奪った、とか──それとも、妹君と姉君はお名前が似ていらっしゃいますので、お名前を間違えてしまったアウサンドラ公を責めてそのまま婚約者の席に縋り付いた、とか······」
「······っ、なんて事を······っ!」
あまりにも失礼な言い分にティアーリアが眉間に皺を寄せると、マーガレットはわざとらしく声を出して笑った。
「あら、勿論そんな物は噂で真相はどうなのか等皆さんわかりませんわ。ただ、あれだけ求婚されていたアウサンドラ公がお相手を決めた、と社交界ではもっぱらの噂なのですわ。噂話とは真実では無い事も面白おかしく憶測で言われた事が広まっていく事が常でございますものね?」
「ええ、そのようですね」
「わたくしも幼い頃には色々と噂をされてしまっておりましたので······我が家が強く望まれていたのですが、ご破談となってしまって、面白おかしく噂の的になった事がございますのでティアーリア嬢のお気持ちが分かりますわ」
ふう、とわざとらしく悩まし気な溜息をこぼしてマーガレットから気遣うような視線を寄越される。
「我が家は、王家に多大な貢献を続けて来た由緒ある侯爵家ですので噂話などすぐに消えましたが······ティアーリア嬢は大変そうですわね?」
"力の無い伯爵家だと大変ね?"
最後の一文は言葉にせず嘲笑うかのようにマーガレットはくすりと笑うと見下すようにティアーリアに視線をむける。
ここまで無礼な態度を取られても、ティアーリアには強く言い返せるだけの地位がない。
クライヴの正式な婚約者に手続きが全て終わっていない為未だなれておらず、実家も伯爵家であり、高位貴族で由緒ある侯爵家に比べれば自分の実家は至って普通の伯爵家だ。
「あの日、アウサンドラ公と公爵様がどこぞの領地になど滞在していなければわたくしとの縁組が纏まっておりましたのに······アウサンドラ公爵家も何の後ろ盾もない伯爵家に等なんの価値があるのか······」
やれやれ、といった態度で呟くマーガレットの小さい声にティアーリアはぴくり、と反応した。
「──まあ、今となっては過ぎた事ですわね」
マーガレットは怪訝そうに眉を顰めているティアーリアに一瞥すると、もう用はないとでも言うように踵を返して広場の方向へと戻っていく。
マーガレットに言われた言葉達がティアーリアの心に突き刺さる。
確かに彼女の言う事も最もだ。
クライヴであればいくらでも我が伯爵家よりも遥かに良い良縁に恵まれたはずなのに。
それに、マーガレットが最後に放った言葉が先程からティアーリアの頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
"どこぞの、領地に長く滞在しなければ"と言っていた。
自分と、クライヴが初めて会った時の事を思い出してティアーリアは複雑な気持ちになる。
もしかしたら違うかもしれない。
公爵様とクライヴ様は、普段から共に色々な領地を視察して回っていたのかもしれない。
だから、あの時期の事とは違うのだとティアーリアは必死に自分に言い聞かせた。
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